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遼州戦記 播州愚連隊

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「お前さん達もこの戦いを生き延びたわけだ。だがこれからどうなるか分からねえぞ。何が起きるか読めない時代だ」 
「新三が言うことやないんとちゃうか?」 
 赤松の突込みを無視して嵯峨は話し続けた。
「何かを得るには何かを捨てなきゃいけないものだ」 
「そうかもしれませんね」 
 後ろからいきなり声をかけられ嵯峨は驚いたふりをするように振り向いた。そこには疲れたような表情の別所が立っていた。
「なんだよ……あれか?車に忘れ物とか」 
「まあそんなところです」 
 そう言うと別所は手にしたものを一人墓の前に跪いている恭子に差し出した。
「安東大佐の遺髪だそうです」 
 小さな紙袋。恭子はそれを握り締めると胸の前に抱いて黙り込んだ。
「これが現実さ。俺や忠さんもこれから貞坊の分まで生きなきゃならなくなる」 
 黙って蹲っている恭子を見ながら嵯峨は大きくため息をついた。
「ところで坊さんよ」 
 嵯峨の言葉に気が付いて視線を落とす明石。なんとなく言葉を選ぶのが疲れてきた明石はただ黙って嵯峨を見つめていた。
「忠さん……そのうちこいつを借りて良いかな?」 
「借りるって……あれか?遼南の騎士団だのなんだのに……」 
「違うよ。俺の直感だがどこかでこいつの力が必要になりそうなんだわ……こういう時の俺の直感は結構当たるんだぜ」 
 しばらく誰もが嵯峨の言葉の意味に気づかなかった。ただ一人貴子は納得したような感じで夫に笑顔で合図していた。
「同盟絡みか……ずいぶん急な話やな」 
「遅すぎるよりいいと思いますよ」 
 ようやく夫の墓から立ち上がった恭子。その目の涙はようやく乾こうとしているところだった。
「私もいつも遅すぎましたから……」 
「そんなこと言うてくれてもうれしないで……」 
「お兄様を喜ばせるつもりはないです」 
 最後の言葉ははっきりしていた。そして深々と貴子達に一礼すると恭子はそのまま線香の香りの漂う中を歩いていった。
「つらいな忠さん。泣いて暴れてくれたほうが良かったんじゃないのか?」 
 嵯峨の言葉に苦笑いを浮かべる赤松。そんな様子を見ながらエキセントリックな皇帝、嵯峨惟基をまじまじと見つめる明石。嵯峨もその視線を嫌ってか安東の墓石に桶の水をかけた。
「勝ったって言うけど……なんだかむなしいわなあ」 
 つぶやく赤松の顔に勝者の誇りは無かった。親友を倒して、妹を不幸にして手に入れた勝利。それは甘くないものだと言うことが明石の目にもわかった。
「勝っちゃいねえよ。むしろ本当に勝ったのは貞坊の方かもしれねえよ。俺達はこれから世の中の毀誉褒貶を浴びながら生きていくことになる。たぶん今回の官派の敗北を認められない人間も多い……」 
「しばらくは乱れるでしょうね」 
 嵯峨の言葉を引きつぐ別所。過激派の一部の暴走が続いている以上、明石もそれを否定できなかった。
「だからみなさんにかんばってもらわないと」 
 いつの間にか明石の目の前に来ていた貴子の声。明石の身が引き締まる。
「そういうこと。で……」 
 明石に目をやった後、嵯峨は墓石に手を合わせる赤松を覗き込んだ。
「しばらくはワシの手駒やからな。貸さんぞ」 
「まあそうだろうね。俺ももう少しこいつに丸みが出たら……」 
「ワシそんなに太っとります?」 
 とぼけたような明石の言葉に赤松と嵯峨は顔を見合わせた。さわやかな笑い声が墓地に響いた。その笑いはつい黒田に、そして魚住へと伝染した。
「わかっとりますよ。ワシはまだ闇屋の癖が抜けとらん」 
「そういう事だ。もう少し制服の似合う面になったら迎えに来るわ……楓」 
 嵯峨は黙っている娘に声をかけるとそのまま歩き出した。
「皇帝陛下……」 
「いらねえよ、護衛なんか。それよりオメエ等も頭下げとけよ。仏さんに失礼だ」 
 そう言うと嵯峨は楓を連れてそのまま墓地の出口を目指した。
「湿っぽいのは貞坊も喜ばんやろ……うち寄るか?」 
 そんな赤松の一言に大きく頷く魚住。明石と黒田は苦笑いでその様子を見ていた。
「いいですわね。嵯峨さんからイノシシの肉が届いてますの……牡丹鍋はいかが?」 
「牡丹鍋?」 
 呆然と別所がつぶやく。
「あれや……イノシシの肉の鍋。ワシも話しか聞いたことあらへんけどなあ」 
「イノシシ?遼南の自然は偉大だな」 
 黒田の顔もほころんでいる。そんな若者達を見ながら赤松は背後の親友の墓石を見上げた。
「貞坊……悪いがわしはしばらくお前のところには行けんようになってもうたわ」 
「そうですわね。直満も立派な安東家の跡継ぎにしないと……」 
 大きく貴子が頷く。
 明石はその有様を見ながらなんとなくうれしくなって剃りあげられた頭を撫で回した。
「それじゃ、行こか」 
 赤松が桶を持って歩き出す。その手から桶をとろうとする別所。
「ええねん。ワシが持ちたいから持つんや」 
 笑顔でそれを交わす赤松。彼の心には二度と自分達と同じ道を歩ませたくない若者たちがいた。そしていとおしげに部下達を眺める夫を満足げに貴子は眺めると胡州のテラフォーミング化された赤い大気を見上げた。
「これからは何も起きませんように」 
 いつも強気で通している妻の思いもかけない言葉に赤松は満足げに頷くと天を仰いだ。


                                             了

作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直