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遼州戦記 播州愚連隊

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「すまないと分かっていたら何で軍を動かさなかったんですか?民派支援に腹は決まってるんですよね。それなら介入して戦火の拡大を抑えないと……飛び火があるかもしれませんよ」 
 影武者役の弟。兄のゆるい目元を演出するべく影を作っているアーティストを気にしながらそう言った。嵯峨は仕方がないというようにもう一度カップを手にして静かに牛乳を口に含む。
「軍を動かすのは……色々と拙いからな。宰相につけてやってるアンリの馬鹿も出兵となれば公私混同だと騒ぎ始める。それに兵を出したおかげで内戦が長引いて同盟加盟国が分裂なんて話になれば第三次遼州大戦勃発なんてことになりかねないだろ?」 
 そう言いながらいつもの自虐的な笑みを浮かべる嵯峨。仕方がないというように弟は静かにため息をついた。胡州の混乱が熱い内戦と言うもので象徴されるとすれば遼南の内部は裏に隠れた権力闘争と言う冷たい戦争と呼べるような状態にあった。
 第二次遼州戦争では胡州や外惑星のゲルパルト帝国と同じ枢軸側に属した遼南帝国だが、大戦末期にクーデターを起こしたガルシア・ゴンザレス将軍が霊帝の贈り名のムジャンタ・バスバを追放して実権を握ってから、同国はいくつもの軍閥が割拠する内乱状態に陥った。嵯峨は内戦末期に北兼軍閥を掌握して人民軍陣営として参戦し、ガルシア・ゴンザレスを倒す為の戦いで大きな功を立てた。その後、人民政府は北天軍閥と嵯峨や彼の右腕の伊藤隼(いとうはやと)人民委員の派閥に分裂。嵯峨のクーデターで政権は彼の手に落ち、人民政府とは対立関係にあった東海・南都の軍閥も参加しての遼南帝国が再び立つことになった。
 だがその政権も軍事力の統一ができない状況では不安定だった。嵯峨は非情にも手を打っていく。まずは花山院軍閥が胡州の烏丸派と気脈を通じていることを口実に攻撃して攻め滅ぼした。そして南都軍閥についてはその首領のアンリ・ブルゴーニュ候を宰相に任じて懐柔して遼州の軍事系統を一つにまとめることには成功していた。アンリ・ブルゴーニュは嵯峨の説く遼州星系全体を統括する同盟政府の建設にはあまり積極的では無く、現在でも両者の間には隙間風が吹いているとささやかれることが多くなっていた。
 そんな状況でバスバ帝の百人を超える愛人の一人の子である弟の吉川俊太郎が兄の影武者を勤めているのは非常に微妙な状況だと嵯峨自身も分かっていることだった。
「まあ……アンリはもう気づいてるからいいとしてだ」 
 嵯峨は立ち上がると額を右手の人差し指でつつきながら何かを考えていた。ようやくメイクの終わった嵯峨とほとんど変わらない姿の弟を見ても嵯峨の表情は緩まなかった。
「問題はやはり胡州か……本音は兄貴や忠さんに勝ってほしいが戦争は時の運だ」 
「そうですか?色々噂を聞くんですが……あの地下の大将……佐賀高家とか言いましたか……彼を揺さぶっているとか……」 
 にやりと笑う影武者の嵯峨。その表情を受けて本物は静かな笑みを浮かべた。
「まあ事実だから認めるよ。あいつの参謀の中に俺の息のかかった連中を送りこむのにはそれなりに苦労したしな」 
 そう言って再びソファーに体を投げ出す兄。その様子を見ながら偽者である吉川俊太郎は大きく息をついた。
「なんだ?まだ不安なのか?俺より皇帝経験は長いくせに」 
 一度影武者を頼まれるとそのままずっと勝手に動き回る兄に何かを言いたくなったが無駄だと悟って吉川は黙り込む。そして今回の長い影武者生活についての愚痴を続けようとしたが馬鹿らしくなって口をつぐんだ。
「おう、分かってくれたか。それじゃあ俺はいつもどおり裏口から出るから」 
「見つからないでくださいよ」 
 立ち上がる兄の姿を見送ろうとする吉川。彼自身自分が24歳だと言うのにそんな自分より若く見える39歳の嵯峨を見送ろうと立ち上がる。
「そんな見送りなんていらねえよ。餓鬼じゃねえんだ」 
「その口調も何とかしてくださいよ。いずれ本業の皇帝家業が長く続くことになるんですから」 
「へ?そりゃあ大変そうだねえ俊太郎ちゃん」 
「ずっと影武者を続けろって言うんですか?お断りです」 
 先手を打たれてうつむき加減に部屋のドアに手をかける嵯峨を見送ることを辞めて吉川はそのまま静かに鏡の前に腰を下ろした。


 動乱群像録 43

 一人の将軍がじっと射出台に乗せられた三百メートルはあろうかと言う重巡洋艦を見上げながら弁当を突付いていた。胡州南極点にある南極基地。窓の外は零下70度と言うとてつもない酷寒の地。男はただ弁当のエビフライを口に入れるともぐもぐと噛みながらぼんやりと外を眺めているだけ。
「ここでしたか、池少将」 
 一人の連絡将校が窓辺の出っ張りに腰掛けている小柄な将軍、池幸重(いけゆきしげ)に声をかけた。
「あれか?醍醐がそれなりの準備をしてきたと言うことか?」 
 現在池の加担する烏丸派の陸軍部隊は帝都とこの南極基地以外の拠点を次々と醍醐文隆等の西園寺派の部隊に駆逐されつつあった。もしこの軍勢がこの基地を落とせば烏丸派の勝機は万に一つも無くなる。そのことは池自身も理解していた。
「現在主力の第四軍が東方で待機。さらに同調する部隊は……」 
「やめとけよ、そんな皮算用なんて」 
 そう言って池は弁当のふたを閉じて用事を取り出して再び窓の外の戦闘艦の林立する光景に目をやる。
「あちらだってこの基地が傷だらけだったら意味が無いんだ。この基地の守備兵だけでも十分戦争にはなるよ」 
 簡単に言ってのける池に連絡将校は理解できないとでも言うような顔をした。
「おいおい、将校がそんな気弱そうな顔をするもんじゃないぞ。士気に関わるからな」 
 にやり。そう笑った池はそのまま出窓の縁から立ち上がる。そして士官の手にしていたメモ帳を奪い取った。しばらく黙って資料を眺める池。その表情は次第に明るくなり今にも笑い出しそうなものに変わると子供のように目を輝かせながら士官を見上げた。
「おう、十分な部隊だな。この基地を焼け野原にするのが目的なら戦うだけ無駄だと思わせる戦力だ」 
 それだけ言うと池はメモを連絡将校に渡した。
「ですが……もし彼等をここで足止めできたとしても……」 
 そう言いかけた将校に眉をひそめる禿頭の池。
「なんだ?気弱はいかんと言ったばかりだぞ?それにあの臆病者の佐賀の野郎まで清原さんと心中する覚悟ができたって話じゃないか。俺達がいまさらどうこうできる話じゃないんだよ」 
 池はそのまま廊下を進んでいく。連絡将校はその池の度量の大きさに勝敗に関わらず彼を支えようと言う心をさらに強くするのだった。
「戦争はな。やってみないとわからないんだ。ともかく醍醐の奴とはいつか決着をつけたかったんだ。まあこれも天命さ。色々楽しめそうだ」 
 そう言いつつ自分の頭をパンパンと叩く池。
「確かにそうですが……」 
「いいんだよ。最後まで付き合う義理は無い。まあ部下の連中にもその点だけは周知させておいてくれないかね」 
 まるで戦争狂だ。そう思いながらも頼もしく見える池に士官は敬礼をして持ち場へと向かっていった。


 動乱群像録 44


「まだ応答は無いのか?」 
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直