ぼくとイソローおじさん。
「あれ? あいてる」
お母さん、いるのかな。
「ただいまー」
「うおーい、おかえりー」
なんだ今の声! お母さんじゃない。誰だろう。ドロボー? でも、ドロボーがおかえりーって言うかな。でもでも、ただいまって言ったらおかえりって言わなきゃいけないから、言うかもしれない。そういえばドロボーってなんて鳴くんだろう。
玄関のドアを開けたまま考えていると、台所のドアが開いて、見たことのないおじさんが出てきた。でかい。天井に頭が当たりそうだ。
「おお、ユウト君。大きくなったなあ」
なんでぼくの名前知ってるの!
「憶えてないか。3歳の誕生日に積み木をプレゼントしたんだけどなあ」
「ある! つみきあるよ!」
おじさんは声をあげて笑うと、ぼくの頭をくしゃっと撫でてくれた。いいやつだ。
「おじさん、だれなの?」
「ん? おじさんは居候だ」
「ふーん」
イソローなんて変な名前だ。でも積み木くれたし、仲良くしてあげないとな。
「ただいま」
イソローと遊んでやってるとお母さんが帰ってきた。
「おかえり!」
「おかえり」
お母さんはイソローを見て、大きな息をついた。
「ご飯作るから、あんたも手伝いなさい」
「ういっす」
イソロー、ご飯を作るの手伝うのか、えらいな。
「ユウトはお皿とお箸出しといてね」
でも、ぼくもえらいぞ。お手伝いロボ発進!
晩ご飯は、からあげだった。お母さんのからあげは最強だ。
宿題をして、お風呂に入ると、時計の短い線が8の字を差していた。ぼくは寝る時間になった。ぼくが寝る時間になってもイソローとお母さんは何か話をしていた。うるさいなあ、と思ったけど、気がついたら朝だった。
「ただいまー!」
「おー、おかえり」
イソローの返事だ。
「イソロー、まだいたのか」
「うん、いるんだよ、まだ」
イソローは頭をぽりぽりかきながら立っていた。しょうがないな、遊んでやるか。
「ん? ユウト君、そのほっぺたどうした?」
言われてほっぺたを触ってみた。
「いて」
「小さいケガだからほっとけば治ると思うけど、ケンカしたの?」
ケガしてたのか。ちぇ。
「ケンカじゃない。ショータが、ぼくがなんにもしてないのにいきなりなぐってきたんだ」
「そうなのか。大変だな」
イソローは痛そうな顔をした。大人は自分が痛くないのに痛そうな顔するんだよな。
「イソローはなぐられたことあるか?」
「あるよ」
「ケンカ?」
「ケンカじゃないなあ。ユウト君と一緒。何もしてないのに殴られたんだ」
「大人なのに?」
「そう、大人なのに、いきなる殴る人が世の中にはたくさんいるんだ」
「ふーん」
大人なのに変なの。
「イソロー!」
「おかえり」
よかった。まだいた。
イソローは、ぼくの顔を見ると驚いた。
「また殴られたの?」
「きのうの分をいっかいなぐったら、またなぐってきたから、こっちもなぐった」
「あー、今日はケンカになったんだ」
イソローは棚から消毒液を出して綿棒につけた。イソローに言われて椅子に座ると、綿棒で顔をちょんとつつかれた。
「いてて!」
「うん、ちょっと我慢してね」
「でも、今日は、なかしたから、かったよ」
綿棒を当てられる度に顔がミーンと痛くなる。泣きそうになるのをこらえた。
「ユウト君はケンカ強いの?」
「つよいよ!」
教室じゃ負けなしだ。
「どうすればケンカに強くなれるのかな」
うーん。ちょっとむずかしい。
「さいのう、かな」
イソローは声をあげて笑った。
「才能か。そりゃおじさんには無いなあ」
あ、でも。
「あと、じゅんびが大切」
「準備?」
「うん、今日だって、なぐったらなぐられるってわかってたから、がまんしてなぐりかえしたんだ」
ちょんちょん。
「いて」
「なるほどね。はい、終わり」
イソローは綿棒をゴミ箱に捨てた。
「おつかれさま」
「うん」
お。今日は鍵かかってる。イソロー、家に帰ったのかな。
「イソロー!」
やっぱり返事はなかった。家の中を探検するまでもなく、いないと分かった。
宿題をして、テレビを見ていたらお母さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり!」
お母さんと二人だけの晩ご飯は、なんだか久しぶりだった。カレーライスは最強だ。
「イソロー、ケンカしに行ったのかな」
「ケンカ?」
「うん。どうしたら強くなれる? て言ってたから、しどうしたんだ」
「なんて?」
「じゅんびが大切、って」
「そう、それはいい指導したわね」
お母さんは笑った。
「ユウトはおじさんの事、好き?」
「うん、ちょっとでかいけどな」
「そうね、ちょっとでかいわね」
お母さんはまた笑った。
「また、イソローが帰ってきたら遊んであげてね」
「うん」
イソロー、勝てるといいな。
作品名:ぼくとイソローおじさん。 作家名:和家