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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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誰か、躓いてしまったようです。

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 便箋の入った袋を机の上に投げ置かれた。
 図書室には、今三人の人間がいる。俺と、この左っかわの女と。カウンターの向こうに一人、大人しいクラスメートの男子がいるだけだ。そいつはこっちにみじんも興味をしめしていない。まぁ、図書委員なんてのにまじまじと見られても、というか。委員じゃなかろうと凝視されるのなんて、気分はよくない。
 投げ置いた本人をめんどくさそうに見上げると、いつもどおりの表情だった。視線で袋を見て、もう一度見上げる。言いたい事が伝わったらしく、口を開いて。
「手紙、書いてよ」
 それだけ言った。
 なんだ、なんでお前俺がどっか行くこと知ってるんだ。表面上はなにもないような顔をしながら、俺は正直酷くあせっていた。
「阪下君は転校しました」
 それだけ聞いた同じクラスのやつらが「へぇ、そうなんだ」と言う。
 終わり。それだけでよかったんだが、誰だばらしたやつ。
 心の中でめんどい、めんどい。
 そう思いながら、机にがっつりついていた右ひじで体を起こす。重たい、というほどじゃないがだるいのは確かだ。

 静かに息をついた俺を見て、また口を開く。
「返事しないけどね」
 おい、意味あんのかそれ。なんてことは、言えなかった。どうしてかは知らんが、笑ってるからだ。
 人がどっか見知らぬっていうほどでもないが、どこかに行くのが嬉しいか。まぁこっから遠いのは確かだ、そう会うこともなくなる。ありがたい、と思いながらも俺にはこのことを憂うる気持ちも多少あった。またこういうだるい人間関係を作るのが、めんどうなのだ。
 転校生っていうのは、最初よほどのやつでない限り交流を持とうとするやつが出てくる。話しかけられ、それを適度に流し。付き合いをまぁかなりの頻度で断り、図書室でだらける日々。
 そうやってしっかりと壁を築きかけたころ、オヤジにそんな俺の平穏な生活は壊される。
「次は○○だ、功治」
 一言で俺の数々の行動を無駄にできるんだから、物凄い力の持ち主だ。無駄なことだと割り切っていっそしっかり付き合えば、なんて言ってほしくない。それは無責任な一言だという自覚をもってくれ。俺がみじんも悲しくないと思う一方で相手の中に悲しい、となるやつがいて。挙句の果てに「遠くに行っても、あたしはずっと傍にいるよ」という。まぁ、俺からすればほぼストーカーまがいの言葉を告げられる。おそろしい、と思った経験のある俺だから、しっかり壁をつくるんだ。
 自慢かよ、と言われようとなんだろうと、知ったことじゃない。とにもかくにも、俺はあの女が傍で自分の言った台詞に陶酔しきった表情と、甘ったるい制汗スプレーの匂いと、握られた手にじわじわと湧きあがった汗の感覚が最悪なものとしてインプットされているのだから。顔が悪い、とかじゃない。あの表情がどうしてもダメだ、と本能的に思っただけだ。

 まぁ、だがわざわざこの横の女を怒らせる必要もない。そう思いながら窓の外を見た。野球部がこの徐々に暑くなってきた時期なのに、固まって走っている。その近くでなにが楽しいんだか、サッカー部がリフティング中。
『蹴鞠か、むしろ』
 口にすれば嫌な顔をされそうなことを思いながら、もう一度視線を戻す。笑顔は、かわらない。それは絶対的な自信が、こいつにあるからなんだろう。裏切ったらどうだろうと、思いながらそんなことするか、と心の中で否定した。紙を握りつぶすようにして、丸めて頭の中のいらんものが詰まってるどっかに入れた。
 きっと、も駄目だ。それは不確かだと怒るに決まってる。
 絶対、いや逆にこれも駄目だ。嘘っぽい、と不審に思われるんだろう。
 だから、加えるのも引くのもなにもいらなかった。静かに口を開く。鐘がなりそうだな、と思った。放送で鳴らすこれは、電源が入った時音がする。かすかにする音は、少し耳障りなノイズだ。
「書くよ」
 それで良いんだろ、と言う目線とともに呟く。チャイムが直後になって、なんだか知らんが相手の顔がゆがんだ。
 おい、何も間違ったこと言ってないだろ。
『俺なりに考えて言ったっていうのに、そりゃないぞ』
 そもそも考えるなんていう頭を使う行為をするだけ、良い方だっての。
 左手を頭にやって息をつく。そんな俺の横を、甘くもないが不快でもない匂いが通り抜けた。なんだ、最近の制汗スプレーってのは進化してるもんなのか。なんて、どうでもいい思いが浮かんで、すぐに消えた。
「……ばか、ばかやろう」
 なんて相手が口にした言葉と共に。
 振り返ると、早々に立ち去ったやつの匂いなんかも数秒で消えていた。
『オヤジ、壊し残しのせいで俺はなんだか酷い目にあった』
 どうしてくれんだよ、と呟いた俺に図書委員が「鍵、閉めますよ」と声をかけた。

 オヤジのせいでもない。俺のせいだ。そんなことはわかっちゃいるけど、こうなった瞬間になんとなくオヤジに対して「ちくしょう、この野郎」と言いたくなるような感覚に襲われたんだから、仕方がない。
「……カギ、置いといて」
 そうだらけた声でうつ伏せになりながら口にすると、図書委員は困ったように息を詰めて、それから戸惑うような素振りを見せてから、何やら決意したような表情で「残ります」と口にした。
「は?」
「図書室は原則、学生に開放するのは昼休みと放課後の時間内だけなんだけどね。君は図書委員じゃないから、「そうですか」と言って、このまま図書室のカギを渡してしまうこともできないし。幸い五時間目は担当の先生も苦手な英語だから、サボらせてください。いや、サボりましょう!」
 そう勢いよく喋った図書委員、名前なんだっけ。確か凄く良いとこの坊ちゃんっぽいような苗字に、賢そうな名前だった気がするが、もう転校する俺には思い出したところのメリットなんかアハ体験ができるくらいだ。やめておこう。こうして俺の脳みそは少しずつ老化していく。
 とりあえず、仕方ねぇな、とか。なぜか俺が思いながら、頷く。
「いいのかよ、三年生はそういうだらけた精神だと、まわりにおいていかれるんだぜ」
「……阪下君も、俺を置いていきますか?」
「なかなか会話を噛み合わせてくれそうにないな、お前」
至極真面目な表情で、眼鏡の奥のアーモンド色をした瞳に何よりだらけきった自分の姿が映っていて、俺は顔をしかめながら視線を逸らしてため息をついた。なんだ、コイツ。
 図書室は半分だけ蛍光灯がつけられていて、俺もコイツも話さなければひたすらに静かな空気が流れる。流れるけれども、苦じゃない。答えはいらない、と思わせるくらいおっとりとしたオーラでもコイツが出しているのだろうか。ありがたいこった。
「俺がどう思っていようと、オヤジは俺を連れて行くんだよ」
 忌々しそうに吐き捨てた言葉が少し震えていて、なんだか酷く情けなくなった。かっこわるい。俺が言い終えた後の空気は、とても張りつめていて、言葉が出しにくいような感覚がした。みっともない。
「阪下君。あと少し、あと半年です」
 何の話だ、余命の話か、と視線を向ければ、通常運営なのか知らんが微笑んでいるのが見えて、コイツ疲れないのか、と思うと同時に俺はひどくめんどくせぇ、とも思った。何故だかは知らない。本能的なものかもしれない。