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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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 法術と言う新たな人類の可能性が公にされた今の世界で、その一つ炎熱系空間干渉のスペシャリストであるシンの言葉に誠は心強く思った。そして同時にまた何かがぶつかる音が隣の実働部隊詰め所から聞こえてきた。
「ああ、それじゃあ隣の騒動止めに行かないといけないんで!」 
 菰田との交渉が成立したアイシャは立ち上がると誠の手を引いて管理部の部屋を出た。
 廊下に出たアイシャと誠の前にぼんやりとたたずむのはグレゴリウス13世だった。そのしょんぼりとした瞳がアイシャと誠に注がれる。
「わう」 
 悲しげにつぶやくグレゴリウス13世の後頭部に延髄切りが叩き込まれた。驚いて振り返るグレゴリウス13世だが、明らかにランからしつけられていて好戦的な表情の要を見ても黙ってうなだれている。
「誰のせいだ?え?」 
 誠はグレゴリウス13世の後ろを覗き込むと、水のなみなみと入れられたバケツを両手に持っている要がいた。
「なに、要ちゃんすごく古典的な罰ゲームね」 
 そう言いながら要を携帯端末で撮影しようとしたアイシャの顔面に要の蹴りが炸裂する。
「おい、写真撮ったら殺すからな!」 
 いつものタレ目が殺意を帯びていることに気づき、誠は愛想笑いを浮かべながら詰め所の扉を開く。
「おう!ご苦労さん」 
 明石はそう言いながら二人を迎えた。ひしゃげた椅子が一つ、その隣には折れた竹刀が放置されている。
「ランちゃんまたやったの?」 
「おい、アイシャ。上官にちゃん付けか?」 
 ロナルドの不在を良い事に彼の席を占領して端末を叩いていたランが視線をアイシャに向ける。
「いえいえ、中佐殿の判断は実に的確であります」 
 完全に舐めきった口調でランをからかうアイシャだがランはそうやすやすと乗るわけも無く、すぐに視線を端末の画面に移した。
「楽しみだね!どれに決まるか!」 
 ニコニコ笑いながら吉田の向かいの席に座ってアンケート用紙の裏に漫画を書いているシャム。見た目はランより少し年上、中身は中学生と言うシャムだが書いている戦隊ヒーローの絵は躍動感のある見事なものだった。
「俺はどれでもいいよ。でもさあ、誰が脚本書く……アイシャか?」 
 足を机の上に投げ出してぼんやりと天井を眺めていた吉田の視線がアイシャに向かう。明らかにアイシャは自分が書くんだ!と言うように胸をはっていた。
「僕は出ないぞ」
 ぼそりとつぶやくのは楓だった。 
「えー!楓ちゃんが出てくれないと困っちゃうじゃない」 
 第三小隊の机の一群でポツリとつぶやいた楓にアイシャがすがり付いていく。自分が女であるにもかかわらず『フェミニスト』を公言している楓。アイシャに身体を擦り付けられると顔を赤らめて下を向いてしまう。
「困るもなにもこれは職務とは関係が無いじゃないか!」 
「それはちゃうやろ?」 
 そう言ったのは黙って静観を決め込んでいた明石だった。こういうことには口を出さないだろうと言う上官の一言に楓が顔を上げて明石を見る。
「何も暴れることだけがウチ等の仕事やないで。日ごろお世話になっとる町の方々に感謝してみせる。これも重要な任務や」 
「そうそう、それもお仕事なんだよー」 
 風船ガムを膨らませながら投げやりに言葉を継いだ吉田。
「ですが、僕は……」 
「大丈夫!どのシリーズでも私が楓ちゃんのかっこよく見える見せ場を作ってあげるから。そしたら要ちゃんも喜ぶわよ!」 
「喜ばねえよ!」 
 半開きの扉から顔を出す要。だが次の瞬間にはその額にランの投げたボールペンがぶつかった。
「立たされ坊主はそのまま立ってろ」 
 しぶしぶ要は顔を引っ込めて、足で器用に扉を閉めた。だが一人晴れやかな顔でまとわり付くアイシャの身体をがっちりと握り締めている楓だけが晴れやかな表情で何も無い中空を見つめていた。
「お姉さま!要お姉さま!僕はやりますよ!お姉さま!」 
 まず誠が、続いてラン、カウラ、明石、吉田。次々と恍惚の表情を浮かべる楓に気づく。
「大丈夫か?正親町三条?」 
「楓様……」 
 家督相続前の苗字を呼んでみる明石。心配そうに見上げるかなめ。
「やります!なんでも!はい!」 
 楓はそう言うとアイシャを抱擁した。
「あ!えー!ちょっと!離してってば!」 
 抱きしめられて顔を寄せてくる楓を避けながらアイシャが叫ぶが、彼女を助ける趣味人は部隊にいないことを誠は知っていたので黙ってそのまま押し倒されそうになるアイシャに心で手を合わせていた。



 突然魔法少女? 6


「なんですか?それは?」 
 翌日、少しばかり早く隊舎に到着した誠が目にしたのは、居眠りしている警備部の面々の横の郵便受けに大量に差し込まれた封筒を手にしたカウラだった。
「さあ……」 
 首をひねるカウラの手から一枚それを引き抜く要。そして彼女は思い切り大きなため息をつくとそれをカウラの手に戻した。
「誰宛?それ」 
 アイシャは興味深げにそれを眺めるが差出人の項目を見たとたん興味を失ったようにハンガーに向けて歩き出した。
「カウラ、それ焼いとけ」 
 そういい残して立ち去る要。
「誰から来たんですか?それ」 
 そう言いながら誠はカウラの手にある封筒を一枚手にした。それは保安隊運用艦『高雄』の機関室責任者槍田司郎大尉からのものだった。誠の表情に引きつった笑いが浮かぶ。他の封筒もすべて槍田大尉の部下である機関室の技術下士官の名前が書き連ねられている。
「見ないでも内容は分かるなこれは。本当に焼こうか?」 
 カウラの微妙な表情で誠を見つめている。
 槍田司郎貴下の機関室の面々は管理部の菰田とはベクトルを反対側に向けた方向で誠の苦手な分野の人々だった。ともかくひたすら軟派な集団だった。室長の槍田自身も火器管制官であるパーラと付き合っていながら、『高雄』の母港のある新港基地近くの女子高生との不適切な関係で危うく逮捕されかけると言う事件があった人物で部隊の女性隊員の評価はきわめて悪い人物だった。
「ちょっと見るだけでも……」 
 そう言って誠は一枚の封筒を開けた。
『団地妻モノ希望』 
 誠はその文字を見るとカウラに封筒を返した。そしてもう一度別の封筒を開く。
『女子校生モノ希望』 
 今度こそと別の封筒を開く。
『とりあえずエロければオールOK』 
 誠はそのまま封筒をカウラに返した。
「あの人達にはちゃんと候補は決まってるって吉田さんが送ってるはずですよね」 
 そう言う誠に無駄だと言うようにカウラは首を横に振った。
「なにしてるの?あんた達」 
 ハンガーから出てきた明華。昨日の説教に疲れたのかあまり元気が無い彼女がカウラの手にある封筒の山に目をつけた。
「なにそれ?」 
 近づいてくる明華。その後ろからは島田がコバンザメのようについてくる。
「機関室の面々から昨日のアンケートの回答が届いて……」 
「すぐに焼きなさい!」 
 カウラの言葉を聞くとすぐにそれだけ言って明華はハンガーに消えた。技術関係の隊員の頂点に立つ明華も時折表ざたにしたくないような女性関係の問題で引きずり出されていることもあって槍田達の話をすることは彼女の前ではタブーだった。