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管理人さんはマイペース

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次の日の明け方に彼女は目覚め、二日酔いにうなされながらシャワーを浴びて「今日は仕事あるから」と告げると、さっさと帰ってしまった。
 私は、もうこのまま彼女とは二度と会えないのかと、急に不安になった。もらった名刺にはメールアドレスも携帯番号も書いてあったので、連絡はいつでも出来るだろう。だけど連絡を取ったところで、彼女はまた私の前に現れてくれるだろうか。今回はあくまで仕事でのトラブルを防いだ延長のデートだったのだから、理由も無しに「ただ、もう一度会いたい」というだけじゃ、ダメかもしれない。
 そんな不安と寂しさに駆られながらも、まだ眠いままの私は再び一人で布団に潜った。

 ……と思っていたら。
「住む場所が無くなった」
 夕方に近くのスーパーでの買い出しから帰ってくると、部屋の玄関の前に彼女こと黒沢さんが、ヤンキーみたいな座り方をしながらタバコを吸っていたのだ。足下には十本ばかりのタバコの吸い殻が転がっている。
「無くなったって……お、追い出されたんですか?」
「ん〜、まぁ、そうっちゃそうなんだけど」
「荷物はどうしたんですか……?」
「ん、ちゃんと全部持ってきたよ」
「全部って……」
 彼女がひょいと背中から差し出したのは、サラリーマンが持つ鞄の一回り大きいぐらいのものだった。これだけの荷物で本当に今まで暮らしていたのだろうか。
「あの、服とかは……」
「これと同じやつ十着ぐらいあったけど、全部捨てて来ちゃった」
 彼女は昨日と同じ黒のタンクトップを指でひらひら引っ張りながら言った。
「確かここの近くに『むらしま』あったでしょ? ならこれと同じの売ってるからまたそこで買えばいいよ。前のカビ生えてたのもあったし……」
「でも……」
「うっ……まだ昨日の酒が残ってるみたいだぁ……」
「と、とりあえず中へどうぞっ」
 仮病だと分かっていながらも、口元を抑える彼女の背中を押して、私は部屋へ招き入れた。
 中へ入ってから詳しいことを聞くと、まず初めに彼女はアパートなどの契約住宅には住んでおらず、いわゆる「ネット喫茶難民」と呼ばれる人だったのだ。だからと言ってお金が無かったりするわけでもなく、「不動産屋は嫌いだから」というだけの理由で、そんな生活を何年間も送ってきたらしい。
 だけどだいたいのネット喫茶は料金をしっかり払っていても、ある一定の期間を過ぎると半強制的に追い出されてしまうそうだ。
 なので、今回のような事態は既に何度も経験済みだったそうな。だから荷物も必要最低限に絞っているのかもしれない。
「それで、私の部屋に引っ越しに来たってことですか?」
「んん」
 こくりと彼女は頷いて、椅子に座ったままタバコを吸い出した。
「ここ、一応禁煙なんだけど……」
「ぼくは副流煙は全部飲み込むから大丈夫。……ぷはぁ」
「思いっきり出してるじゃないですかっ!」
 やぁ、失敗失敗と言いながら、彼女はケラケラ笑ってごまかした。
「ん〜。そんなことよりさ、住んでいいの?」
「えっと……う〜ん……ここの家賃とか生活費は親が払っていて……」
「あぁ、それぐらいはぼくが全部払うよ。食費とかも」
「でも……」
「じゃあ、言い方変えよう」
 彼女は立ち上がり、はっきりとした声で言った。
「ぼくと付き合って」
「え、付き合っ……」
「付き合って、一緒にここに住もう。それならオッケー?」
「…………」

結局、私は彼女の告白を受けて、その日から共同生活を始めることになってしまった。
念のため母にそのことを報告すると、
「家賃と生活費払ってくれるなら絶対一緒に住みなさい! でも1円でも払わなかったら即刻追い出しなさい!」
 とのこと。母は娘の心配よりもお金の心配をしているようだった(一応彼女の口からも、電話越しで素性と理由を話したが)。

 あかねちゃんの仕事は知っての通りサイトの運営で、ほとんど自宅のノートパソコン一つと携帯電話があれば出来る仕事らしい。とはいえ内容的に生活が不安定になることが多いらしいので、家事は一人で暮らしていた時のまま、私一人で全部受け入れることにした。
 家事をするのは嫌いじゃないし、彼女の仕事は確かに忙しい時は本当に何日も寝ないくらい多忙なのだが……。
 住み始めてから早々、あかねちゃんは呆れ返るほどだらしがなかった。
 服はいつも同じ服(同じ服しか持ってないから、いつ着替えたのか分からない)だし、かなりのヘビースモーカー(しかも室内で吸う)だし、一度寝たら頭を叩いても起きないし、お酒を呑めばご存じの通り、缶チューハイ一本も飲み干さずに泥水状態。
 何かを聞いても「ん〜」とか「んあ〜」とか言うだけで、全く答えになっていない。仕事に集中している時は真剣でかっこいいけれど、休日はパチンコ屋に一日入り浸るか、うちに唯一あるゲーム機のPS2で、ゴルフか麻雀のゲームに没頭する。
 見た目以上に男っぽいというか、もはや親父くさいというか……。スタイルが良くて短髪も似合うから、端から見れば男性的な魅力のある素敵な女性なのに……。

 そんなあかねちゃんとの共同生活も、なんだかんだ今年で2年目を迎える。
 相変わらずだらしがないあかねちゃんが向かっていたのは、駅前のゲームセンターだった。
「プリ撮ろっ」
「う、うん良いけど……。珍しいね、あかねちゃんが自分から撮ろうって言うだなんて」
 あかねちゃんは一人で写真に移るのは嫌いではないらしいが、二人や複数人で撮る写真は嫌いなのだそうだ。特にプリクラは中が狭くて照明が効き過ぎて熱いから、一緒に暮らしてから一度しか撮ったことがなかった。
「いいから」
 そう言うとあかねちゃんはぐいと私の腕を引っ張り、機械の中へと進んでいった。
 だけど、自分から進んで撮りたいと言った割には、彼女は無愛想な顔で写っていたりして、前に私が撮りたいと言って半ば無理矢理に一緒に撮った時と変わらない感じがした。
「ねぇ、あかねちゃん、ほんとにプリ撮りたかったの?」
 らくがきコーナーでの残り時間が止まったあたりで、私はあかねちゃんに聞いてみた。
「…………」
「ねぇったら」
「んん」
 あかねちゃんがペンを持った方とは逆の指で、画面に映る写真に書かれた文字を指した。
『500日記念日!』

付き合ってから3桁の日数が経った記念日を、色々な形で祝ってくれたのは、これが五度目だった。
だらしがなくて、筋金入りのマイペースなあかねちゃんでも、誕生日や一周年などの普通の記念日だけでなく、こういうところまでしっかり考えててくれるところが、あの時、一緒に住むと決めて良かったと思えることであった。

ゲームセンターを出る前に、「吸える場所があったら一つ残らず吸って行く」と言って喫煙所でラークを吸う彼女に、私は聞いてみた。
「ねぇ、あかねちゃん。ちょうど今から500日前、ネット喫茶に住めなくなっちゃった時、どうして私の家に来てくれたの? ここらへんにならネット喫茶もたくさんあるし、調べてみたら住んでる人がいるところもあるって書いてあったし……」
「…………」
 あかねちゃんは肺に溜まった煙を大きく吐いてから、はっきり答えた。
「シャワーの水の……粒が細かくて気持ちよかったから」
作品名:管理人さんはマイペース 作家名:みこと