遼州戦記 墓守の少女
セニアの指示に頷くシャム。モニタの中の点のように見えた共和軍のM5が急激に大きくなる。朝焼けの光の中、そのいくつかが火を放った。次の瞬間、振動がクリスを襲う。
「直撃?」
「違うよ!」
そのままシャムは速度を落とすことなく、滞空しているM5をかわして突き進む。
「敵機、さらに五機出てきた!御子神とレム、ルーラはシャムに続け!私と飯岡と明華で先発隊は落とす」
「じゃあ私達は御子神中尉についていきますよ」
指示を出すセニア。その言葉に続いて進む東モスレム三派のシン少尉、ライラ、ジェナン。
「クリスさん。また揺れるよ」
そう言うと同じように五つの豆粒が急激に拡大し、そこから発せられた光の槍をかわすようにしてクロームナイトは進む。クリスはただ敵基地を目指し突き進むシャムの背中を見ながら黙り込んでいた。
「ここから!一気に落とすよ!」
シャムはそう言うと再び視界のかなたに現れた五つの点に向けて加速をかける。抜いた熱式サーベルを翳して、そのまま制動をかける。シャムの急激な動きについていけない敵のM5の頭部が、そのサーベルの一撃で砕かれた。
「邪魔しないでよ!」
クロームナイトの左腕に仕込まれたレールガンの一撃が、モニターを失い途方にくれる敵機のコックピットに吸い込まれた。そして爆炎がその後ろからライフルを構える二機目のM5の視界の前に広がった。
「そこ!もらうよ!」
シャムは視界にさえぎられて慌てて飛び出した二機目のM5の胴体にサーベルをつきたてる。そしてそのままパルスエンジンでフル加速をかけ、串刺しにされたM5を中心にして一回転した。クロームナイトの背中に張り付いていた敵のM5の大口径レールガンの火線はシャムの機体ではなく、友軍のM5のバックパックに命中して火を噴いた。
従軍記者の日記 29
「こりゃあずいぶんとやるもんだなあ」
吉田はまだ北兼共和軍南部基地を出ていなかった。灰色の機体が彼の目の前に聳えていた。最新鋭遼南兵器工廠謹製のホーンシリーズをベースにして、吉田の要請に沿った形でカスタムをくわえた、アサルト・モジュール『キュマイラ』。そのエンジンにはすでに火が入っていた。
上空で戦況を観察している東和空軍の偵察機の情報も、進軍を続けている嵯峨の遊撃隊の本隊の画像も吉田の脳髄に直結したデータモニタには入っていた。
「隊長!出ますか?」
吉田の直下の手ごまである三人が乗ったカスタム済みのM5が待機している。
「まあ慌てることは無いさ。共和軍の連中がどこまでやるのか。今後の参考までに見て置こうじゃないの」
そう言ってガムを噛む口元に笑みを浮かべる。
『遼南帝国の遺産、ナイトシリーズか。どこまでやれるか楽しみだ』
北兼軍がパイロットのいないカネミツ以外の全アサルト・モジュールを出撃させていることは知っていた。そして吉田に戦力の出し惜しみをするつもりはさらさら無かった。嵯峨と言う勝負師が仕掛けたこの一撃。それを凌ぎさえすれば、とっとと荷物を纏めて遼南を後にするつもりだった。
それ以上共和軍に恩を売る必要などまるで感じていない。分の悪い陣営にとどまって、馬鹿な戦いに精を出す職業軍人のしがらみとは無縁な傭兵稼業。雇い主のエスコバルが死んだ今となっては、小規模部隊を仕切らせたら右に出るものはいないと言う嵯峨の飼い犬どもの鼻をへし折って名を上げるのが、この戦いの吉田にとってのこの戦いの意味だった。
「しかし、二式の性能は予想以上ですね」
顔に傷がある吉田の部下が、共和軍の一機が突っ込んでくるクロームナイトに続く第二波に落とされたのを確認してつぶやく。吉田に言葉を返すつもりは無い。
長い時間、戦場を傭兵として世の中を渡ってきた吉田は、部下とは言え他の兵達と付き合うことなど考えたことも無かった。情をかけても死ぬ奴は死ぬ。高価な全身義体のオーバーホールにかかる費用のことを考えながら戦う戦場では、味方はただの手駒、敵は金のなる木に過ぎない。それが吉田の信条だった。
「エスコバルのおっさんがもう少しましな奴だったら、二式のデータもかっぱらえたのに……馬鹿な大将を持つと苦労するぜ」
そんな吉田の脳内領域に意識化された視界の中で、先頭を切って味方の第三波を殲滅したクロームナイトの姿が大きく映る。
「クロームナイトを落とせば、それなりに次の仕事を探す時は楽になるかねえ」
そうつぶやきながら吉田はゆっくりと自分の機体に向かう。脳からの指令を受けた『キュマイラ』は取り付けられていたコードをパージして出撃体勢に入った。
従軍記者の日記 30
『戦闘中の共和軍、人民軍所属特機パイロットに告ぐ!貴君等は東都声明に規定された飛行禁止区域内での空中戦闘行為の禁止の事項に抵触する行動をしている。速やかに機体を停止させ、着陸して指示を待ちなさい!さもなくば……』
シャムが上昇して逃げようとする最後のM5のバックパックをサーベルで切り落とした時、モニターにヘルメット姿の東和空軍の重武装攻撃機からの警告が入った。
「シャム!その場で着地。そのまま陸路を進め!」
セニアの声に、シャムは機体を降下させる。
「どうせ攻撃なんてするつもりの無いのにな」
そう言いながらクリスは上空に旋回している対アサルト・モジュール用のレールガンを搭載した戦闘機の影を見上げた。
「でも『ぶりーふぃんぐ』と言うお話会ではこの指示があったら着陸しろって言ってたよ」
そう言うとそのままシャムはパルスエンジンを吹かす。そのままクロームナイトは一気に高度を下げ、渓谷の中洲に着地した。
「誰もいないみたい」
シャムはそう言うと、しばらく周囲を警戒した。各種センサーは沈黙を守っている。
「しくじりました!脱出……うわ!」
一瞬開いた飯岡機のモニターがすぐに消えた。
「やられた?撃墜か?」
クリスはその何も映っていない画面を見つめる。
「やらなきゃね」
そう言うとシャムは再びパルスエンジンで機体を十メートルくらいの高さまで上昇させる。
「せっかくお友達になれたのに。せっかく一人ぼっちじゃ無くなったのに……」
そう言うと、急加速をかけて突き進む。
「熱くなるんじゃない!」
さすがのクリスもそう叫んでいた。取材している部隊の隊員が死ぬことには慣れていた。そして、そのことをきっかけにして、理性を失ってさらに敵の罠に深く入り込んでいく指揮官をどれほど多く見てきたか。クリスにとってシャムの甘さは死に繋がる危うさを孕んでいるように見えた。これまでも死の危険は戦場記者にはつき物だとは思っていた。だが、シャムのような純真な子供が死に向かっているのを見ると、クリスはさすがに叫びたくなっていた。
シャムはクリスの言葉を十分反芻したと言うように速度を落として、そのまま森の中に機体を沈めた。そして、振り返ってクリスの顔を見た。シャムの瞳は潤んでいた。クリスは黙って彼女の頭を撫でた。
「冷静になるんだ。このまま川沿いに進めば敵の防御火線の中に突っ込むことになる。そうなったらこの機体の不瑕疵装甲でも撃ち抜かれるぞ。この山の尾根まで行って敵の様子を見るんだ」
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直



