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遼州戦記 保安隊日乗 5

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「ほら!こっちに来い!」 
 誠達を置いて先に歩いていたカウラがハンガーへ向かう角で手を振っている。仕方がないとあきらめて三人は駆け足でカウラに追いついた。
「ドレスまで着ちゃったんだからさ、いい加減あきらめなさいよ」 
「そうそう、お嬢様らしくしていただかないと困りますわ!」 
 アイシャと要。二人して無駄話をしてカウラを引きとめようとしている。誠もようやくそのことに気づいてカウラの前に立ち止まった。たぶんハンガーで島田達が何かカウラに見せようとしている。サラがこちらを観察していたのはそのせいだろう。
「なんだ?」 
 カウラは覚悟を決めたような表情で自分の行く手に立ちふさがる誠を見上げる。
「カウラさん……」 
「だから、なんなんだ?」 
 相変わらず不思議そうに誠を見上げるカウラ。しばらく見詰め合っていた二人だが、突然要が立ち尽くしている誠の首を右手で抱え込んで引き倒した。何が起きたかわからないまま誠は逆えび固めのような格好になってそのまま地面に腰を叩きつけることになった。
「何するんですか!」 
 誠が叫ぶ。さすがにこれを見てはカウラも誠を助けざるを得ない。
「馬鹿をやるんじゃない!大丈夫か?神前」 
 しゃがみこんできたカウラ。誠はいきなりひねった腰をさすりながらカウラの緑の髪を見つめる。
「大丈夫ですよ……」 
 そう言いながらハンガーの方を覗き見る誠。そこには大きくマルの形を作っているサラの姿があった。
「じゃあ行こうか、クラウゼ少佐」 
「そうですね、西園寺大尉」 
 二人は仲良しを装い歩き始める。そのあまりにもわざとらしい光景に噴出した誠。その気配を察知して殺気のこもった視線を投げてくる二人。
「貴様等……何か企んでいるな?」 
 カウラでもそのくらいはわかる。ようやく笑みを浮かべると頭を引っ込めたサラを見つめて大きく頷いた。サラは要達のあまりにわざとらしいやり方を見て呆れた表情を浮かべる。
「まあいい、付き合ってやるとするか」 
 そう言うと立ち上がり要とアイシャに続くカウラ。誠達がハンガーの前に立つ。だが人の気配はするものの誰一人としてその姿が無い。さすがにあまりにわざとらしいと誠はカウラの無表情を見ながら脂汗を流す。
「なんだ?これは?」 
 不思議そうに一人歩き出したカウラ。だがすぐに足元のピアノ線を踏んではっとした顔に変わる。
『パーン』 
 はじけるようなクラッカーの音。降り注ぐ紙ふぶき。待ってましたとばかり、中央に立っていたカウラの愛機の肩からは垂れ幕が下がる。
『お誕生日おめでとうございます』 
 その墨で書かれた字が、能筆で書道に明るい嵯峨の字であることはカウラの後ろに立っていた誠にもわかった。
「おめでとう!」 
 今度はペンギンの着ぐるみを着て現れたシャム。ひょこひょこ歩く彼女に心底呆れたように額を押さえるランの姿がある。
「めでたい!めでたいぞ!」 
 そう言いながら勤務中ということでコーラの瓶を手にしている島田。後ろのサラ、パーラもにこやかに笑っていた。
「おい……」 
 突然カウラがうつむく。そして肩を震わせる。
「どうしたの?カウラちゃん……」 
 アイシャがその肩を支えるが、カウラの震えは止まらなかった。それを察したように騒ぎながら紙ふぶきを巻き続けていた整備班員も沈黙する。
「私は……」 
 カウラは顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。
「カウラちゃん」 
 心配したように手と言うか羽をカウラに差し伸べるシャム。要とアイシャも心配そうにカウラを見つめる。部下達の馬鹿騒ぎを半分呆れたように眺めていた機材置き場の前に立っている明華も複雑な表情で立ち尽くしているカウラに目を向けていた
 一瞬馬鹿騒ぎの音が途切れて沈黙がハンガーを支配した。
「どうするつもりだよ……」 
 カウラは下を向いたままそうつぶやいた。
「カウラちゃん……」 
 シャムが静かに彼女を見上げて手を伸ばす。後ろに立っている要とアイシャもしばらくどうしていいのかわからないと言うように当惑していた。
「どうするつもりだよ……」 
 再びカウラがつぶやく。誠は震える彼女の肩を支えるように手を伸ばした。沈黙していた整備班員が一斉にカウラの方を見つめてくる。
「何にも得はないぞ。私を喜ばしたって……」 
 そう言うとカウラは顔を上げる。その瞳に輝いていた涙がこぼれ、それを恥じているようなカウラはすばやく拭って見せる。
 次の瞬間、場は再び馬鹿騒ぎの舞台と化した。走り回って紙ふぶきを舞わせる整備班員とブリッジクルー。奥の二階の事務所の入り口では拍手している管理部員が見える。万歳をしているのはやはり『ヒンヌー教』教祖、菰田邦弘主計曹長だった。
「人気者だねえ……うらやましいや」 
「そうね、実に素敵な光景ね。でもこれは私のアイディアから生まれたのよ」 
 ニヤニヤしている要。少し誇らしげなアイシャ。カウラは振り返ると複雑な表情で二人を見つめる。
「なんと言えば良いんだ?こう言うことは慣れていないから」 
 戸惑いながらのカウラの言葉。アイシャは同じ境遇のものとしてカウラの肩に手を伸ばす。
「ありがとう、それだけで良いんじゃないの?」 
 誠も珍しく素直に答えたアイシャを見つめた。
「そうなのか……ありがとう!」 
 カウラは叫ぶ。隊員達のテンションは上がる、さすがにこれ以上は不味いと思ったのか、ハンガーの中央に向かって歩き出す明華。
「凄いな、人望か?」 
 カウラに続いて歩いていた誠に明華が声をかけてくる。
「そうでしょうね」 
 感謝の言葉が出ずにただ涙を流し始めたカウラを見ながら誠はそう答えた。
「はい!お祝いモード終了!片付け!」 
 明華の凛と響く一言に整備班員はすばやく散る。すでに掃除用具を持って待機していた西の率いる一隊がすばやく箒や塵取りを隊員に配っている。
「面白いものだろ?人生と言う奴も」 
 カウラに向けての明華の一言。頷くカウラ。
 そんなこんなで誠の保安隊でのクリスマスが終わった。


                                            了