20100916
それをずっとずっと憎んでいく私、俺。
「つまんない。」
張りのない言葉がだらしない口から漏れる毎日、刺激を求めてた私。
そんな私がいいもの発見! どんどん増えてきてる動画サイトの数々。その中で一番有名なところを暇潰しに見る。最大手のサイトだから上がっている動画の種類も数も豊富。それが宝の山に見えた、趣味の無い私。
――神社の境内の脇、松の根元で草を食んでいるのは俺。
ある晩、動画巡りをしていると好奇心の触角に当たったものがあった。有名な曲、誰もが知っているあの曲を誰かが歌っている。ほいほいっと調べてみると、どうも素人が歌ってみたもののよう。動画のコメント欄には色とりどりの賛辞がほぼ匿名で連なってる。自分もやってみたい……! 心躍る私。
――今夜、草むらの縄張りを新たに広げた俺。
私は驚いた。私が初めて投稿した動画の再生数が、異様な早さで伸びたから。黒塗りの画像だけだから視覚的には面白くないはずなのに、ここまで支持されるってことはやっぱり歌が褒められてるんだ! 動画コメントには「歌巧すぎ」、「めっちゃ声可愛い」、「ビブラート綺麗」など欠点ひとつ挙げられてなくて、嬉しすぎてちょこっと泣いた。他人と関わるのが苦手で、褒められることなんて幼少期以来滅多に無かったのを思い出し、さらに泣いた私。
――誰か来た。縄張りに入って来んなよ、と優しくも力を込めつつ鳴く俺。
他人に認められる幸せをもっともっと味わいたくて、私は次々に歌ってみた動画を投稿していった。たまに、嫉妬したのか意地悪なコメントをする人もいるけれど、全く気にならない程の快感。このままプロデビューしちゃったらどうしよう! 「ちんちろりんっ」ってつい声に出してしまいそうなくらい有頂天になった私。
――お? 女か。それなら良いとこ見せ聴かせようと、いつになく澄んだ声で鳴く俺。
たくさんのファンが私の動画を楽しみにしてる。インターネットの中の狭いコミュニティながら、有名人だと言えば有名人、そんな誇らしい地位にいる自分を想ってとても心地いい。そんな中、最も新しく投稿した動画のコメントをひとつずつ読んでいて、ある一言に捕えられた私。
「こんな鈴みたいな声の人、絶対見た目も綺麗で可愛いに決まってる」
――”綺麗な声、出ておいでー。話したいわぁ”そう言われ、困惑する俺。
ある時を境に膨らんできたその種のコメントの数に私は戸惑った。歌や声では誰にも負けないつもり、だけど他はどうだろう。いくつも夜が来て、その都度朝が来て、それでも悩みに答えは来ない。全てを知ってもらった上で称賛されたい、だけどみんなに受け入れてもらえるのかな。どんどん増えていく、私の容貌を求める声。頭の中がこれ以上ない位にこんがらかる。そんな時に新しくもらったコメント、それに感動して意を決し、包み隠さず映像配信をすることにした私。
「見た目なんか関係ない。なんにせよ、この人の歌は最高」
―― 一時迷い、自身の欲に負けて草むらから出る俺。
その日以来コメント欄は外見に関する罵倒に占められていく。再生数は伸びなくなって、ファンはどこかへと消えていく。幸せの音に満ちてた狭い部屋、潰れちゃった。もう誰とも関わりたくない。ああ、ひとけの無いところにでも行って、自然の音に癒されたい。一面だけ見て、理想を無意識に押しつけてきた人たち。さよなら。
まさかこんな思いをするなんて、考えもしなかった私。
――声にならない悲鳴を上げ、女は走り去る。取り残される俺。
松が風に揺れる。何も聴こえない。