小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 保安隊日乗 4

INDEX|61ページ/68ページ|

次のページ前のページ
 

「残念ながら嵯峨隊長一人でと言うことなので」 
「ああ、車乗って帰っていいよ」 
 裏口のドアから顔を出した嵯峨の姿を呆然と見送りながらアイシャはただ立ち尽くしていた。


 魔物の街 40


「07式のオペレーションシステムに接続!コントロールをそちらに任せます!」 
 誠の言葉にモニタの中でぼんやりしていた要が頷く。抵抗する厚生局の07式の左わき腹の装甲板を引き剥がされてマニピュレータで有線でシステムに侵入されても07式のパイロットは投降する意思を示さなかった。
『しばらくそのまま抑えていてくれ。西園寺がシステムを掌握すれば私達の仕事は終わりだ』 
 安堵の表情。いつも緊張して見える画面の中のカウラの顔が笑顔に変わる。誠も自然と集中していたために額から流れていた汗に気づいて苦笑いを浮かべながら空調の温度を下げた。
『シュバーキナ少佐隊は一階まで制圧したらしいわ。後は……』 
『あの化け物の回収か……』 
 首筋のスロットにハブを差し込んで何本ものケーブルをぶら下げている要のつぶやき。ここにアイシャがいたなら『アンタのほうがよっぽど化け物じゃない!』と突っ込みを入れていたろうと思って、誠の頬にも笑みが浮かぶ。
『誠。にやけて何考えてんだ?』 
 要の言葉に心を見透かされたように感じた誠は意味も無く頭を下げた。
『システムを制圧した。カウラ。マリアの姐御に連絡して07式のパイロットを抑えさせろ』 
 誠はようやく力が抜けてだらりとシートに身体を投げた。すでに日付をまたごうとしていた。07式の機能停止により東都警察の機動隊は投光車両を並べて一斉に誠のアニメヒロインの描きこまれた誠の機体と大破した灰色の07式を闇夜に映し出している。
『痛々しいなあ、オメエのは』 
 そう言いながらタバコを取り出そうとしている要に目をやっていたときに誠の意識に強烈な一撃が走った。
『おい!』 
 カウラが叫んでいる。誠にはそれが聞こえるが身体が言うことを利かなかった。意識が朦朧として、そして何か恐怖のようなものが全身を走り毛根に血液が流れ込むような感覚が芽生える。
『どうした!神前!』 
 再びカウラの声が意識から遠くなっていくような状況で聞こえた。とりあえずわずかに言うことをきく左腕でオートに設定して07式に取り付こうとする機動隊の隊員達から離れるのがやっとだった。
『誠!どうしたんだ?顔色が悪いぞ』 
 要の声も聞こえるが、まるで電波の悪いところの無線通信のような聞こえ方をしていた。異変に気づいたカウラがモニターの中で地下で作戦行動中のランの隊に連絡をつけようとしているのが見える。
『そうか……ランちゃん達が出会ったのかな……彼等に……』 
 かすかに意識の果てに浮かぶ誠の思い。そしてそれゆえにこの異変があの法術師開発用の生態プラントにされた難民達の意識のなせる技であることを確信していた。
「決着は……ついていないんだ……」 
 そう思うと誠は全身に自分の力を流し込もうとしてみた。


 魔物の街 41


「駄目です!まったくコントロールを受け付けません!」 
 ランに背中から小さな身体のランには不釣合いなライフルの銃口を突きつけられながら白衣の研究者は振り返った。
「何をされたのですか?先ほどそのスイッチを押されたのは見ていましてよ」 
 厚生局の武装隊員を抑えているラーナを見やりながら茜が静かにつぶやいた。
 その向ける銃口の先の開発責任者とでも言ったかんじの白髪交じりの厚生局の女性研究者がほくそ笑む。そしてその視線の先には強化ガラス越しに十メートルを優に超える大きさに成長した法術師の成れの果ての脳下垂体分泌ホルモン生産プラントが拘束する鎖を引きちぎって暴れだしていた。
「あなた方には分からないのかしら?これは人類の一つの新しい可能性の象徴なのよ。あのプラントから生産される各種のホルモンと発生する思念波。そしてさまざまな薬物投与により東和の人類は新たな進化の道をたどることに……」 
 銃声が響く。それは腹に銃撃を受けて倒れかけていた島田のライフルのものだった。
「馬鹿……言うなよ……」 
 そう言うと静かにサラに起こされて上体を持ち上げる。その腹の傷はどう見ても致命傷だが、黒い霧のようなものとそれに活性化されたとでも言うように盛り上がりうごめく内臓と筋肉の組織の動きで流れていた血は止まって傷口がふさがっていくのがわかる。
「あなたはもしかして……」 
 女性技官の驚愕の表情に青い顔の島田の口元に笑みが浮かぶ。
「こんな小物よりよー、アタシの方がよっぽど調べがいがあるぜ。なんと言っても遼南の七騎士の一人だからなー」 
 そう言って笑うラン。技官は諦めたようにそのまま置かれていたパイプ椅子に腰掛けた。
「保安隊の介入は予想された事態よ。どうせアサルト・モジュールでの戦いではあの法術の存在を世界に知らしめた神前曹長が相手では勝ち目も薄い。なら……」 
 ガラスの向こうの生態プラント。巨大な海鼠のような姿を晒す褐色の化け物が衝撃波を放った。ラン達のいる地下研究室の強化ガラスが吹き飛ぶとランの表情が青くなった。
「なんだ!こいつは!」 
 叫ぶことしか出来なかった。彼女が製造された宇宙を支配した技術文明もそんな感覚をランには教えてはいなかった。恐怖、怒り、悲しみ。この生体プラントに生きたまま取り込まれた人々のさまざまな思いがランの心を振り回した。だが彼女はすぐに周囲に干渉空間を展開して思念を遮断して周りを見回した。
 銃口を向けていた研究者はすでに倒れて痙攣していた。女性技官も椅子から投げ出されて気を失っている。この部屋に連行された武装隊員と研究スタッフも多くは失神するか恐慌状態でただ震えるばかりだった。
 監視をしていたはずのラーナは頭を抱えてうずくまっていた。唇が青く染まり口ががたがたと震えている。茜は彼女に手を伸ばす。そのままラーナに声をかけようとしているがその声が出ない事に気づいて焦っているように見えた。
「クバルカ中佐!」 
 ようやく腹部の傷がふさがりかけた島田が衝撃波で飛ばされた銃を引き戻し、弾倉を差し替えている。それは銀色の対法術師用の弾丸の入った銀色のマガジンだった。
「大丈夫か!」 
 隣には気を失ったサラの姿がある。島田はゆっくりと彼女の盾になるように立ち上がると薬室に新しい弾丸を叩き込む。
「やれるだけやりましょう!」 
 島田のその言葉でランは本当の意味で我に返った。もはや目の前の生体プラントはつながった干渉空間からのエネルギーを吸い込んで先ほどの倍ほどの大きさとなり、天井を衝撃波で壊しながら脱出を図っているように見えた。
「わかった!」 
 ランはそう言うと自分の銃のマガジンを差し替え、対法術師用の弾丸を装填する。
「一斉に撃て!あれだけ的がでかいんだ、どこでも当たるだろ!」 
 その言葉で島田が射撃を始めた。その銃声で我に返ったラーナが弱弱しく立ち上がる。茜もすでに銃撃の体勢に入った。
『神前……うまくやれよ!』 
 ランは心の中で念じながら銃の引き金を引いた。


 魔物の街 42


 誠が少し感覚を取り戻し始めたとき、急に合同庁舎の車止めの一部が陥没した。