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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 そう言って片膝をついて桐野孫四郎は、地平線から黄色い泡のようなものが立ち上る地平線を見つめていた。空は白み始め、現在降下中の同盟軍の救命部隊と治安維持部隊がこの地域にも多数派遣されると思うと桐野の表情は冴えなかった。
「いいのですか?これではあの茶坊主の思う壺じゃないですか」 
 桐野の声は明らかに不満を込めたものだった。茶道の師範でもあるところから『茶坊主』と言われることもあるかつての上官嵯峨の高笑いを思い出し桐野の表情が曇る。
 だが、彼の前に立つ長髪の大男はそのようなことはどうでもいいとでも言うように黙ってあわ立つ地平線を眺めていた。桐野は目の前で微笑んでいるこの現在の雇い主の素性には興味は無かった。ただ人が斬れると彼の後ろでチューインガムをかんでいるアロハシャツの男、北川公平に誘われたからこの地にいるだけだった。
 だが見せられたのは桐野のかつての上官の指揮する保安隊の活躍と新兵器の威力だけだった。
「桐野君。君はやはり人斬り以上にはなれないようだね」 
 長髪の男は低い声でそう桐野を評した。そのあざけるような調子に桐野は腰の刀に手を伸ばす。だが、その時振り向いた男の目に桐野は背筋が凍った。哀れむような瞳だが、そこには何の感情も無く、ただ強者が弱者を見つめる時の圧倒的な自信の裏打ちだけがあった。
「この兵器は役に立たないと思っているだろうな嵯峨君は。見たまえ、法術兵器に対応した装備を備えている遼南の投降兵の07式のパイロットは干渉空間を展開してこの攻撃を無効化することができたじゃないか。私が助けてあげなければあの哀れな青年も今頃は07式のサーベルの熱線で蒸発していたんじゃないかな」 
 空が次第に薄明に染め上げられていく中、再び地平線に目をやる長髪の男。着陸した輸送機に破壊された07式を積み込んでいる保安隊の様子を見ながら彼は満足げに笑っていた。
「つまりだよ、この兵器の対処法などすぐに開発されることは確実なんだ。おそらく嵯峨君はそれを見込んでこの事件にあの兵器を投入したんだろうね。切るべきタイミングで思い切りよくカードを切れる。彼は優秀なギャンブラーになれるかもしれないな……彼は。」 
 噛んで含めるようにつぶやく男。そう言われてしまうと桐野は何も言い返すことができなかった。
「ですが、わざわざ嵯峨に手柄を与えて奴の提唱する遼州同盟の権威が向上すれば厄介なことになるんじゃないですか?同盟が我々の意図の気づけば必ず先頭に立ってくるのはあの連中ですよ。自信をつけてきた素人ほど厄介な敵はいませんから」 
 そう言ってみる桐野だが、彼の雇い主はそんな言葉を鼻で笑い振り向くこともせず話し始めた。
「同盟の権威向上?良いじゃないか。私もこの星で生まれた存在だ。その権威が向上していつかは地球と伍していけると考えるとそれはすばらしいことだと思うよ。まあ、嵯峨君と私の考えの違うところは彼が地球と同格の存在にこの星をしようとしているのに対して、私はそんなことでは不十分だと感じていると言うところだ」 
 そう言って男は笑っている。明らかに自分のような暴力馬鹿を軽蔑しているような調子で話す男に桐野は面白いはずが無かった。だが、彼は見てしまっていた。
 07式が保安隊三番機に捨て身の攻撃を仕掛けた時、この男は遥かに離れた距離にある高速で移動中の07式のコックピットの内部に干渉空間を展開させそれを炎上させた。おそらくパイロットは自分が燃え尽きようとしていることを気づく時間も無く消し炭になったに違いない。その正確無比な力の制御と空間干渉と炎熱の二つの力を極力押さえつけながら目的を達成する判断力。確かにこの男はあの桐野にとっては軽蔑すべき転向者である嵯峨以上の力を持っているのは間違いなかった。
「太子。まもなくこの付近には『高雄』の先発隊が到着する予定のようです」 
 二人のやり取りを薄ら笑いを浮かべてみていた北川の言葉に『太子』と呼ばれた長髪の男は振り返った。
「なら我々は消えるとしよう」 
 静かにそう言った『太子』と呼ばれた男の周囲が光で包まれた。そして上り始めた朝日が彼らの周りを照らそうとする瞬間。三人の人影が消えた。
 その上を巡航速度で飛行している『高雄』は彼らの存在を知ることも無く、作業中の第二小隊回収のための先発部隊を発進させていた。


 季節がめぐる中で 41


 嵯峨のカスタムしてくれたサブマシンガンを片手に誠はゆっくりと07式の残骸に近づいていった。強烈な異臭が彼の鼻を覆い思わず手を口に添える。
「そんなに警戒する必要は無いと思うぞ。この地域はほぼ制圧していたからな、反政府勢力も先ほどの光景を目にしていれば手を出してくることも無いだろうし」 
 そう言うのは警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐だった。彼女の部下達も明らかにおびえている誠の姿が面白いとでも言うように誠の後ろをついて回る。原野に転がる07式の姿は残骸と呼ぶにしては破壊された部分が少ないように見えた。近づくたびに、異臭の原因が肉が焼けたような匂いであることに気付く。
 突然、その内部からの爆発で押し破られたコックピットの影で動くものを見た誠はつい構えていたサブマシンガンのトリガーを引いてしまった。
「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねえ!」 
 そう言って両手を挙げて顔を出したの要だった。安心した誠はそのまま彼女に駆け寄る。
「すいません……ちょっと緊張してしまって……」 
「フレンドリーファイアーの理由が緊張か?ずいぶんひでえ奴だな……見ろよ」 
 要には今、誠に銃で撃たれそうになったことよりも、コックピットの中が気になっていた。彼女にあわせて07式のコックピットを覗き込んだ誠はすぐにその中の有様に目を奪われた。
 その中には黒く焦げた白骨死体が転がっていた。付いていたはずの肉は完全に炭になり、全周囲モニターにこびりついているパイロットスーツの切れ端がこの死体の持ち主がすさまじい水蒸気爆発を起こしたことを証明していた。
「典型的な人体発火現象ですね」 
 誠は思わず胃の中のものを吐き出しそうになる衝動を抑えながらつぶやいた。人体発火現象は遼州発見以降、珍しくも無い出来事になっていた。それが法術の炎熱系能力の暴走によるものであると世間で認識されるようになったのは、先日の誠も参加した『近藤事件』の解決後に遼州同盟とアメリカ、フランスなどの共同声明で法術関連の研究資料が公開されるようになってからの話である。
 人間の組成の多くを占める水分の中の水素の原子組成を法術で変性させて、水素と酸素を激しく反応させて爆発させる。この能力は多くは東モスレムなどのテロリストが自爆テロとして近年使用されるようになっていた。コストもかからず、検問にも引っかからない一番確実で一番原始的な法術系テロだった。
「ひでーな。こりゃ」 
 誠が見下ろすと小さな上司、ランがコックピットの中を覗き込んでいる。
「クバルカ中佐。法術防御能力のある07式のコックピットの中の人物を外から起爆させることなんてできるんですか?」 
 誠は小さな体でねじ切れた07式のハッチについたパイロットスーツの切れ端を手で触っているランにたずねてみる。