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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 アイシャの言葉に呆れて言葉を返す誠だが、その中の『デート』と言う言葉にアイシャはにやりと笑った。
「デートなんだ、これ」 
 そう言ってアイシャは目の前のハンバーガーを手に持った。
「じゃあこれは誠ちゃんの奢りにしてもらえる?」 
「あの、いや……」 
 焦る誠。彼も給料日まで一週間。その間にいくつかプラモデルとフィギュアの発売日があり、何点か予約も済ませてあるので予想外の出費は避けたいところだった。
「冗談よ。今日は私が奢ってあげる」 
 アイシャは涼しげな笑みを浮かべると手にしたハンバーガーを口にした。
「良いんですか?確か今月出るアニメの……」 
「誠ちゃん。そこはね、嘘でも『僕が払いますから!』とか言って見せるのが男の甲斐性でしょ?」 
 そう言われて誠はへこんだ。
「でもそこがかわいいんだけど」 
 小声でアイシャが言った言葉を聞き取れなかった誠。
「それにしてもこれからどうするの?山歩きとかは興味ないわよ私」 
 つい出てしまった本音をごまかすようにまくし立てるアイシャ。
「やっぱり映画とか……」 
 誠はそう言うが、二人の趣味に合うような映画はこの秋には公開されないことくらいは分かっていた。
「そうだ、ゲーセン行きましょうよ、ゲーセン」 
 どうせ良い案が誠から引き出せないことを知っているアイシャは、そう言うとハンバーガーの最後の一口を口の中に放り込んだ。
「ゲーセンですか……そう言えば最近UFOキャッチャーしかしていないような気が……」 
「じゃあ決まりね」 
 そう言うとアイシャはジュースの最後の一口を飲み干した。誠もトレーの上の紙を丸めてアイシャの食べ終わった紙の食器をまとめていく。
「気が利くじゃない誠ちゃん」 
 そう言うとアイシャと誠は立ち上がった。トレーを駆け寄ってきた店員に渡すと二人はそのまま店を出ることにした。
「ちょっと寒いわね」 
 アイシャの言葉に誠も頷いた。山から吹き降ろす北風はすでに秋が終わりつつあることを知らせていた。高速道路の白い線の向こう側には黄色く染まった山並みが見える。
「綺麗よね」 
 そう言いながらアイシャは誠に続いてリアナから借りた車に乗り込んだ。
「じゃあ、とりあえず豊川市街に戻りましょう」 
 アイシャの言葉に押されるように誠はそのまま車を発進させる。親子連れが目の前を横切る。歩道には大声で雑談を続けるジャージ姿で自転車をこぐ中学生達。
「はい、左はOK!」 
 そんなアイシャの言葉に誠はアクセルを踏んで右折した。
 平日である。周りには田園風景。誠も保安隊の農業を支えるシャムに知らされてはじめて知った大根畑とにんじん畑が一面に広がっている。豊川駅に向かう都道を走るのは産業廃棄物を積んだ大型トラックばかり。
「そう言えばゲーセンて?」 
 誠はそう言うと隣のアイシャを見つめた。
 紺色の長い髪が透き通るように白いアイシャの細い顔を飾っている。切れ長の眼とその上にある細く整えられた眉。彼女がかなりずぼらであることは誠も知っていたが、もって生まれた美しい姿の彼女に誠は心が動いた。人の手で創られた存在である彼女は、そのつくり手に美しいものとして作られたのかもしれない。そんなことを考えていたら、急に誠は心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
「ああ、南口のすずらん通りに大きいゲーセンあったわよね?」 
 アイシャがしばらく考え事をしていた結果がこれだった。それでこそアイシャだと思いながら誠はアクセルを吹かす。電気式の車の緩やかな加速を体験しながら誠は駐車場のことを考えた。
「南口ってことはマルヨですか?」 
「ああ、夏に水着買ったの思い出したわ。そう、マルヨの駐車場に停めてから行きましょう」 
 誠はアイシャの言葉に夏の海への小旅行を思い出していた。
『あの時は西園寺さんがのりのりだったんだよな……』 
 そう思い返す。そして今日二人を送り出したときの要の顔を思い出した。
「信号、変わったわよ」 
 アイシャの言葉で誠は現実に引き戻される。周りには住宅が立ち並び、畑は姿を消していた。車も小型の乗用車が多いのは買い物に出かける主婦達の活動時間に入ったからなのだろう。
「要ちゃん怒っているわよね」 
「え、アイシャさんも西園寺さんのこと……」 
 そう言いかけて誠に急に向き直ったアイシャ。眉をひそめて切れ長の目をさらに細めて誠をにらみつけてくる。
「も?今、私達はデート中なの。他の女の話はしないでよね」 
 そう言うと気が済んだというようににっこりと微笑むアイシャ。その笑顔が珍しく作為を感じないものに見えて誠は素直に笑い返すことができた。
 買い物に走る車達は中心部手前のの安売り店に吸い込まれていった。誠の周りを走るのはタクシーやバス。それに営業用の車と思われるものばかりになった。週末なら列ができているマルヨの駐車場に続く路側帯には駐車違反の車が並んでいた。
「結構空いてるわね」 
 誠がマルヨの立体駐車場に車を乗り入れているときアイシャがそうつぶやいた。
「時間が時間ですから」 
 そう答えると誠は急な立体駐車場の入り口から車を走らせる。すぐに空いている場所に車を頭から入れる。
「バックで入れた方がいいのに」 
 そう言いながらシートベルトをはずすアイシャ。誠はその言葉を無視してエンジンを止める。
「でもここに来るの久しぶりじゃないの?」 
「ああ、この前カウラさんと……」 
 そこまで言いかけて助手席から降りて車の天井越しに見つめてくる澄んだアイシャの表情に気づいて誠は言葉を飲み込んだ。
「ああ……じゃあ行きましょう!」 
 誠は苦し紛れにそう言うとマルヨの売り場に向かう通路を急いだ。アイシャは急に黙り込んで誠の後ろに続く。
「ねえ」 
 目の前の電化製品売り場に入るとアイシャが誠に声をかけた。恐る恐る振り向いた誠。
「腕ぐらい組まないの?」 
 そんなアイシャの声にどこと無く甘えるような響きを聞いた誠だが、周りの店員達の視線が気になってただ呆然と立ち尽くしていた。
「もう!いいわよ!」 
 そう言うとアイシャは強引に誠の左手に絡み付いてきた。明らかにその様子に嫉妬を感じていると言うように店員が一斉に目をそらす。アイシャの格好は派手ではなかったが、人造人間らしい整った面差しは垢抜けない紺色のコートを差し引いてあまる魅力をたたえていた。
「ほら、行きましょうよ!」 
 そう言ってアイシャはエスカレーターへと誠を引っ張っていく。そのまま一階に降り、名の知れたクレープ店の前のテーブルを囲んで、つれてきた子供が走り回るのを放置して雑談に集中していた主婦達の攻撃的な視線を受けながら誠達はマルヨを後にした。
「そう言えば……やっぱりやめましょう」 
 アイシャが隣のアニメショップが入ったビルを凝視した後そのままそのビルを通り過ぎて駅への一本道を誠を引っ張って歩く。だが明らかに未練があるようにちらちらとその看板を眺めるアイシャに誠は微笑を浮かべていた。道を行くOLはアイシャに好意的とは言いがたいような視線を送っている。誠にも仕事に疲れた新人サラリーマンと思しき人々からの痛々しい視線が突き刺さってくる。
「そっちじゃないわよ!誠ちゃん!」