遼州戦記 保安隊日乗
「ああ、そこに立ってる」
呆然と立ち尽くしている神前に、島田がよく見ればステッキを持ったフリルの付いたドレスを着た幼女の絵が描かれたイラストを見せた。
「お前、確かに5機以上の撃墜スコアでエース資格と機体のマーキングが許可されるわけだが……」
全員がその絵を覗き込む。
「これってラブラブ魔女っ子シンディーちゃんのエミリアちゃんじゃない!」
素っ頓狂な声で叫ぶシャム。
「あえてパロディーエロゲキャラ。そして楽に落ちるヒロインを外してツンデレキャラを選ぶとはさすが先生ね」
アイシャは腕組みして真顔でイラストを眺める。
「駄目ですか?」
誠はそう言うと嵯峨のほうを見る。明らかに呆れるを通り越し、哀れむような眼で見つめる嵯峨。
「神前。お前って奴は……痛いな」
呆れてそう呟く要。
「それでこれが塗り替え後の完成予定図」
島田はもう一枚の05式の全体図を見せる。そこには誠のお気に入りのアニメキャラクターやそのロゴが一面に描かれている。
「却下だ!却下!こんなのと一緒に出動したらアタシの立場はどうなるんだ!」
「いいんじゃないのか?」
さすがに全否定で半分冗談で出した機体のマーキングを他人に認められてしまった。一気に場が凍りつく。しかもその言葉を発したのはカウラだった。
「お前なあ、こいつを小隊長として指揮するんだぞ?」
要が恐る恐る切り出す。
「別に機能に影響が出なければそれでいい。第二次世界大戦のドイツ空軍、ルフトバッフェのエースパイロット、アドロフ・ガーランド少将は敵国のアニメキャラクターのマーキングをした機体を操縦していた事は有名だぞ」
淡々と言うカウラ。
「じゃあ小隊長命令と言う事でいいですか?」
恐る恐る島田が要に尋ねた。
「いいわけあるか!神前!お願いだから止めてくれ!」
悲鳴にも近い声を上げる要。
「なに騒いでるの……まあ!かわいい!」
闖入してきたのはリアナだった。本当にうれしそうに島田の手からキャラクターのイラストを奪い取ると眼を輝かせて見入っている。
「もしかしてこれ描いたの誠君?凄いわねえ、お姉さん驚いちゃった!」
全員の視線が、誠に突き刺さった。
「鈴木。あまさき屋大丈夫だったか?」
嵯峨は気分を変えるべくリアナに尋ねる。
「大丈夫でしたよ。完全貸切OKです!」
にこやかなリアナの笑みで、脱力していたその場の雰囲気が和んだ。
「これってやっぱり神前君の機体?かっこいいけど明華ちゃんはどう言ってるの?」
リアナが苦笑を浮かべている島田を見た。
「ああ、本人がどうしてもこれでいいなら作業にかかるとのことです」
そういい終わると大きなため息をつく島田。
「アタシももっと色々描こうかな……」
「お願いだから止めてくれ」
つぶやくシャム、いつの間にか後ろに立っていた吉田が突っ込みを入れる。
「ワシはどうでもいいが」
続けて入ってきた明石は野球部のユニフォームを着ている。
「写真取ったら子供等に見せるのにいいですね」
無関心そうにシンがそう言った。
「馬鹿がここにもいたのか」
呆れるマリア。
「ずいぶんとにぎやかになったねえ。茶でも入れるか?島田、サラ、パーラ。頼むわ。茶菓子は確か……」
ごそごそとガンオイルの棚を漁り始めた嵯峨。舞い上がる埃に部屋のなかの人々が一斉にむせ返る。
「いいですよ!食堂で何か探しますから!」
島田はそう言うと、サラとパーラを伴って消える。
「隊長。でもあまさき屋だとカラオケ出来ませんわよね?」
「鈴木……お願いだから自重してくれ」
「は?」
間抜けなやり取りの嵯峨とリアナ。
「アイシャ。今日は研修ないんやろ?守備練習、きっちりやるけ、覚悟しとけや」
明石のその言葉に肩をすくませるアイシャ。
「明石中佐。シュートとスローカーブを試したいのですが」
話題に合わせてカウラがそう言う。
「そうやな。神前の。すまんがバッターボックス立ってくれや」
にこやかに了解する明石。
「はい茶菓子ですよ!」
サラが徳用の煎餅とポテトチップスを持ち込んでくる。
「それヨハンのじゃねえの?」
そう言いながらもすでにポテトチップスの袋を確保する要。それを横目に煎餅を取るシャム。要が袋を開けると、カウラとアイシャが申し合わせたかのように袋に手を突っ込む。
「はあ」
誠はため息をついた。
遼州保安隊。実働部隊第二小隊。
そこでの神前誠特技曹長の生活はこうして始まった。
了
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直