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慣れないことはするもんじゃない

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僕がこのバスツアーに来ていたのは全くの偶然だった。
そもそも僕はバスというものが苦手で、それとはつまり車酔いがひどいたちだからだ。
おまけにツアーの内容もまるで興味がなかった。
28歳という若いのかそうでもないのか中途半端な年齢の僕は、梨もぎ詰め放題もしらす詰め放題も必要がない。
そして切ないことに今僕はちょうど寂しい時、つまりは恋人がいなく、梨をお裾分けするほど仲良しな友人も会社にはいないのだった。

…だから、平均年齢50歳のバスツアーに僕より若い女の子がいたことにとても驚いた。

初め、僕は彼女の存在に気付いていなかった。
どうやら運悪く?集合場所やバス内では常におばちゃんたちに囲まれていたらしい。
だから初めの目的地でしらすをぎゅうぎゅうと詰めこみ、隣のみしらぬおばちゃんに「あんた若いのにいい腕してるわ!さすが一人旅する度胸あるだけあるわねー。まっツアーだけどぉ!」…とがはがは笑われている彼女を見つけた時の僕の驚きようもわかってほしい。

彼女は鎖骨辺りまで伸ばした細い黒髪を揺らしながら真剣な表情でビニールをのばしていた。
ピカソが着ていた様な青いボーダーのシャツとぴっちりしたジーンズがよく似合う。柔らかな茶のオーロラシューズを履いていた。

彼女は唇を一文字にしてぎゅっと噛み締めている。
なんだかこちらが思わず応援したくなるような気迫だ。

僕はすぐにでも声がかけたかったが、そんなわけでかけられなかった。

そして僕も彼女同様陽気なおばちゃんたちにからまれたりセクハラされたりしながらなんとかしらすを詰めこんで過ごすしかなかった。








遂に彼女との会話を果たしたのは「豪華!バイキングランチ」といううたい文句の最後の目的の時だった。
続く梨もぎ詰め放題も彼女はあまりに真剣に汗を流しながら梨を詰めこんでいたため、やはり話しかけるのは気がひけて結局持ち越しとなったのだ。

…バイキングで彼女は美しくぴったりと数々の料理、…といっても茹で蟹メインを白い皿の上に次々とのせていた。
僕は彼女の気が散らないようそろりと近寄った。

「…どうも、今日は。」

「…今日は。」

おもいがけず柔らかい声。しかしややつっけんどんでもある。

「このツアーには、お一人で?」

「はい。暇だったので。」

「そうですか、まあ僕もそんなものです。」

「若いのに珍しいですね。」

「いや、あなたもね。」

そのまま流れで同じ席に座る。
22、3てとこだろうか。
テーブルは薄汚れた丸テーブルで、あちこちのテーブルにも皿をかかえたおばちゃんたちが騒がしく席についていた。
アイドルとか血圧とか町内会だとかの話をしている。…しながらかつよく食べる。

目の前の彼女も美しく、かつ素早く蟹を平らげていた。

「蟹、好きですか?」

「しらすよりは。」

「え、あんな頑張って詰めてたのに?」

「だって詰めれるもんなら詰めたいじゃない。食べられるもんなら食べたいし。」

彼女はそういうとすくっと立って新たな蟹をとりに行った。
僕が半分ほど平らげた頃、また皿を山盛りにした彼女が帰ってきた。
ガタンとプラスチックの椅子をひく。

「…よく食べるね。」

「あなたは遅い。元取れないじゃない。若いんだったらそういうとこで得しないでどうするの。若者なんてそれぐらいしか人生に利益ないのよ。」

「いいんだよ、どうせこれも懸賞だし。」

「だからこそ食いつくすの。それが主催者側への精一杯の恩返しよ。」

「そんなこと言われても…たまたま寝坊して仕方なく乗ったバスで酔い、仕方なく普段は素通りしてたバス停で降りてその真ん前にあった見たこともないスーパーで仕方なく弁当を買っただけなんだ。そしたらなんでか福引懸賞に当たってしまったという…。」

「ふーん、私は2等の黒毛和牛を狙ってたのよ。がっかり。」

そのわりにぱくぱくと掃除機の様に蟹を平らげていた。

「…ひとついい?」

「何?」

彼女はつんとした顔で軽く言い放った。

「口説くなら早くしてね。遠回しな会話嫌いなの。」

「なんだそれは。」

もちろん口説くつもりだった。
だけどそうあからさまに言われると何だか否定したくなる。

「安心して、そんな予定はない。」

「安心した。」

彼女は再び蟹をとりに席を立つ。

…僕はこの少し変な女の子に最初とは違う種の興味を持ち始めていた。
きっとこんなこと付き合ったら喧嘩がたえないだろうな。
それでいてすごく幸せだろうな。










帰りのバス、僕たちは隣に座った。
おばちゃんたちはもちろんほっとかなかった。
何とかしてぼくらの仲をくっつけようとした。
その姿は少し小学生の男子に似ていて、僕は思わぬ共通点に眉をひそめた。

「…加代子ちゃん」

おばちゃんたちがぼくらにからむのに飽きた頃、僕はそっと囁いた。
彼女、加代子ちゃんは振り向かずに返事をする。
外を見ている。

「何、雄一くん」

僕、雄一くんはさらっといってみた。…出来るだけ自然に。

「…そろそろ口説いていいかな。」

加代子ちゃんは黙ったままだ。
でも何気無く窓を見やると、窓に映った彼女の口元が笑っていた。
もしかして単なる照れ屋か天邪鬼なんだろうか。

「…加代子ちゃん?」

次の台詞を聞いた僕は危うく泡をふきそうになった。やっぱり慣れないことはするもんじゃない。
酔って蟹は胃から出そうだし鞄の梨は重いし、しらすはあまり詰められなかったし、









「…いいけど私16よ。」

加代子ちゃんは「かかったな」という顔をしてるし。