ねじ穴/球
おんなが死んだ。顔のない恋人だった。
ミルクを垂らすと、時計まわりに渦をまいて死んでいった。
まんなかにあいた穴が部屋に生息していたものたちをみな吸い込んでしまったので、おとこはだれとも会話をすることができなくなってしまった。
おんなは汽笛のような断続的な悲鳴をあげながら、細くねじれてゆき、やがて線になった。ねじがまわるにつれ、穴からおんなのしぼりかすがぼたぼたと噴き出てきて、床や食器や男の顔をぬらした。ひとしきり排出し終えると線はまもなく点になった。
残されたおとこは、おんなのしぼりかすをあつめてボウルに入れ、ていねいにラップをかけてから冷蔵庫にしまった。壁やシーツに飛び散り、しみ込んでしまったものは諦めるしかなかった。
部屋の中央にあいたねじ穴をしばらく観察してから、おとこは眠りについた。意識がしぼみきるまでやや時間がかかった。なにものかが顔の内側にすべりこみぎゅっと爪を立てていたた。おんなの、サイレンのような赤くうるさいにおいだった。
発光するほどしろい球体のなかで、まぶたを縫い合わせてある少女と少年がくりかえし交わっている。
つきだした舌からしたたる唾液が球体の底に溜まり、そこへ少女の膣から少年の精液が垂れ落ちる度うすい波紋が形成されるのだった。
球体は脈うっていた。
ふたりは細い四肢をからませ、糸くずのような姿勢のまま性器をこすり合わせ続けた。
翌日、おとこは冷蔵庫のなかのおんなのかすが凝固しているのに気がついた。ばら色のまだら模様で、やはり時計まわりに渦をまいていた。
おとこはそれをはじめスプーンですくって食べていたが、すくってもすくっても減らないため直接ボウルに顔を埋めてすすることにした。
おんなのかすでできたゼリーは冷えていてた。頬や額に吸いついておとこの体温を奪った。けむりの味がした。首をしめられているのと同じ味だった。金属的な時間がすぎた。
すでに球体のなかは満ち満ちていた。浮き沈みしながらもふたりは交配を続けていたため、呼吸はほとんどできていなかった。しかし溺れるより先に体液を放出しすぎた結果、ふたりのからだは抜け殻になってしまった。胃や腸や心臓や脳までもが干からび、ふやけ、ちりぢりに破れて沈殿していったのだった。もはやどれが少女の淡いくちびるで、どれが少年の鋭いくびすじであるかも判断できなかった。
それでもふたりは交わるのをやめなかった。
ふたりが最後のオルガズムによって放出したのは、それぞれの眼球であった。
球体の底ではじめてふたりはみつめあった。
まもなく球体がはじけた。
ボウルは空になっていた。おとこは顔をうしなっていた。
部屋は紫がかった気配で満たされ、加速度的にその水位をあげながら、ぎちぎちとふるえていた。火を放てば破裂しそうなほどであった。
かつてあったおんなとおとこの生活はどこにもなかった。あるのは錆びついたうなり声と、鈍い蠕動と、凍えるような点滅だけだった。まるで工場だった。
おとこはからだを研ぎ澄ませると、飛沫をあげながらねじ穴のなかへと消えていった。時計まわりの、ゆるやかな回転だった。