愛ってなにさ
マンションの部屋の真ん中で、どっかりとあぐらを組み、ふてぶてしい表情を浮かべて。
一応、ぼくは彼女の恋人にあたる……と勝手に思っていたんだけども、そうでもなかったらしい。恋人なら、なんで愛とは何ぞやなんて哲学めいた問答をしなくちゃいけないんだ。
彼女は手にあごを置いたまま、ぼくをじっと見つめている。口元には、可憐な外見をぶち壊すかのように嫌らしい笑みが浮かんでいる。その丸い目も、すっきりとした高い鼻も、口紅も塗っていないのに赤くふっくらとした唇も、彼女の整った外見を証明する証拠となるのに。黙っていれば。
ぼくは座っていたベッドの縁から立ち上がり、彼女の前に同じように座って向き合った。彼女はまるで試すかのような、獰猛な目つきでぼくを見据えている。もし解答が気にそぐわなかったら、また「このヘタレ」などと言って、鷹のようにぼくのハートをぐちゃぐちゃに喰らうのだ。この肉食系女子めが。
肉食動物に食われる草食動物なんかじゃないんだぞ、ぼくは。
「愛は、本能じゃなくて、理性。自分の中で、どれだけ相手を冷静に見つめられるか」
へえ、と彼女は呟く。いつものように、あからさまに不機嫌な表情は浮かべていないから、どうやらお気に召したらしい。
だめなときはもう、まるで虎のごとく大きく吼え、近所迷惑など関係なくぼくを怒鳴りつけていた。近所よりも、むしろそんな解答をされた彼女が迷惑なのだ。
ほっ、とぼくが一息つくと、彼女はその一瞬を狙い定めていたかのように、ぼくを乱暴に押し倒した。彼女は、犬歯をむき出しにしてにたりと笑っている。
まるで、今から首筋にかぶりつこうとする獣のようだと、ぼくは思った。
「なぁに安堵の息ついちゃってるのかな? そんなんだからアタシに見下されちゃうんだよ」
天井の証明が逆光となって、彼女の表情はうっすらとしか見えない。それでも、歯はきらりと光っている。
「愛は、一時も気を抜けない、獣同士のにらみ合い。ちょっとでも隙を見せれば、すぐに相手の血肉になってしまう」
「それってどういう意味?」
「物分かりが悪いね。相手に食われたら、もうどうしようもないってこと。身動きすらできない」
ぼくはふっと笑った。ぼくにまたがる彼女は、それはもう可憐な顔を壊すほどの、口元が裂けそうな笑みを浮かべている。けれど、動物の王に君臨するライオンのように気高く、凛としている。
きっと、草食動物は最初は逃げ惑うけれど、最後には「ああ、こいつになら食われてもいいかも」と思うんだろう。諦めではなく、こいつの糧となることを選んで。
「それって、食われたやつは食ったやつの中に残るってことだよね」
「そう。そうやって生きてるんだから」
「ぼくは、きみの糧となってきみの中に残るのなら、食われてもいいよ」
言ったときには、彼女は照れもせずに、迷わずぼくを。
「オッケー。それでこそ、弱肉強食のヒエラルキーは成立する。ずーっと昔々から、食べられてきたものは生きる者に残っているの。絶品だろうが毒だろうがね」
結局の所、ぼくはいつも、彼女には逆らえない。それが自然の流れであり、ぼくもやっぱりそれを望んでいるからだ。
ぼくは草食系男子で、彼女は肉食系女子。その真実が、ぼくの存在が、彼女の糧として意味を満たしている。
「そう。愛は、どれだけ自分を相手の心に残せるか、だよ。このヘタレ」
そして人は嫌いなものを好んでは食べないから、彼女はぼくが好きなんだ、きっと。ヘタレだから、ぼくは断言できず、そうとしか言えない。