川口暁過去作品集
ナイチンゲールみたい
看護学校を出て早五年
今だ私は…
ナイチンゲールにもマザーテレサにもなれそうにない。
看護士にむいていないことはわかってた。
でも中ばむきになってたのよね。
「中川さぁん何カリカリしてるのぉ」
甘ったるい声の婦長が笑いながら聞いてくる。
いつもの風景
「ちょっと最近疲れがたまって…」
「なぁにー。若い子がそんなこと言っちゃだめよぉ。一流の看護士はもっと忙しいのよぉ」
看護婦長はどう見ても『私みたいな』というセリフを飲み込んでいた。
「はい…」
知ってる
私この仕事なめてた
知ってるのと実際にやってみるのでは全然違うって
(眠い…)
「看護婦さん」
「はい」
交通事故で入院中の306号室の佐々木さん
なかなかの紳士(&顔良し)で、看護婦内で密かに噂になってる人。
でももちろん佐々木さんにとっては私も看護士①とか②なんだろうな
しょせん。
「すみませんが…あそこの紙とってもらえますか?落としてしまって」
佐々木さんがなぜか小声で話しかけてきた。
「はい」
つられて私も小声で返す。
(なにこれ…)
作文用紙?
私の不可解な顔に気付いたのか、佐々木さんが恥ずかしそうに微笑みながら言った。
「実は小説家目指してるんです」
へぇ…
「すごいですね!数学の先生もなさってるのに」
佐々木さんは、勤務先の高校へ行く途中で信号無視のバイクとぶつかったのだ。
「はは…。僕、やりたいことは片っ端から試してみるたちなんです。」
照れながら言う佐々木さん。
どうして…
「なんでそんな風に生きられるんですか?」
あまりにも、失礼な聞き方をしてしまったのに、佐々木さんはちょっと驚いた顔をしてから笑って答えてくれた。
「やってみるだけならただですよ。せいぜい作文用紙代ぐらいです」
なるほど
看護学校を出て早20年
私は佐々木という名字になって、二人の子供を育てて、看護婦をやめて保育士になった
いちから人生やり直してみたり
方向転換してみたり
仕事やめるときに罪悪感も持ったけど
溜め息ついてるよりはマシ。
ってね