小人さんと13番
「夏休み……だ」
部屋の壁にあるカレンダーを眺めながらアイスグリーンの短髪の少年は呟いた。
「夏休みだな! 俺様は今年はプールとやらに行ってみたいぞ!!」
背の高い少年のそのいつもならツンツンと立てられている頭の上には通常私たちが見ることのない、まさに御伽噺の住人と言うのがふさわしい声の主が居た。
「ちっこいの、首が疲れるからせめて肩に移動して」
「俺様、ここの眺めが好きだから嫌だー」
「はぁ……」
少年の頭の上に居るのは全長(というとまるで小動物のようである)10センチ程度の小人がちょこんと乗っかっていた。
小人は少年の髪色に対して濃い黄色をしていた。服は夏仕様なのか白い生地に縦にストライプの入った甚平(言うまでもなく小人サイズである)を着ている。
「プールか…」
「おぅ!」
「暑いし混んでそうだなぁ……去年のアレじゃ駄目?」
去年のアレ、とは風呂場にある小さな桶に水を入れての小人専用プールであった。時折氷が投入されるサービスつきである。
少年的には家から出なくていいので非常に楽であったが、小人からすればバスタブにお湯でなく水が張られているに過ぎないちんけなものであったのだ。
「今年はこの間安藤に見せてもらったあれに行きたいぞ」
少年のクラスメイト、どうやら少年に気があるらしい安藤は小人に終業式3日前に安藤の友達と一緒にプールに行かないかと少年(と小人)を誘っていたのだ。
「ちっこいのにはでかすぎるし大体泳げないだろ……プールってお子様ゾーン以外は風呂より深いんだけど。あの桶でも溺れそうになってたじゃん。小人が溺死とか笑えない、冗談よくない、想像したくない」
「ううっ……よ、要は俺様が13番から離れなければ……いいんだろ?」
どうしても行きたい小人は少年が真剣なまなざしで『行かないよ』というメッセージを送ってくるのに少し反抗しづらい。
泳げないのは事実であるしプールは写真で見た限りでも人が多そうである。
溺れる以外にも小人がオシャカするには原因となる要素が豊富だった。
「離れなかったらいいけどもし離れたらどうすんの……」
「ううっ……」
小人が諦めかけたとき少年の部屋がノックされた。
何かと思いドアを開けば少年の部屋の前に書置きと安っこいビニールプールだった。
『小学校のときの奴、使えるか知らない 姉』
そう書かれた紙には裏に『救済の手』と書かれてあった。
「なんだ…13番それなに…?」
「古いビニールプール……」
「…?」
「これならいいよ、これならね」
「プール?」
「安藤さんが言ってた方は駄目だけどこっちならいいよ」
「えっ! でもな…んー……」
一瞬『本物っぽい』のプールが許されて小人は顔をぱあっと明るくしたと思ったら眉間にしわを寄せて何かを考え始めてしまった。
「なにかまだあるの?」
「安藤と行くのも楽しみだったのだ……」
しょぼん、と言う表情で少年を見つめる。
見つめる。
見つめる。
見つめる。
「……あーっ、家に呼べばいいんでしょ? 安藤さんと安藤さんの友達……というか安藤さんだけでいいっか」
「おぉ!! さすが13番!!!」
「母さんに許可取らないと駄目じゃん…あ、明後日なら家に居るの俺だけじゃん。メールしてみるか」
「13番ありがとう、そしてありがとう!!!」
少年の頭をぽすぽすと叩いて喜ぶ小人。
「それ…どこで覚えてきたの」
少年は夜中にこっそりと見ているアニメの台詞が小人の口から飛び出してきてびっくりしたのであった。
「え、『俺の家でプールしない?』ってどういうことなのっ!?」
一方、夏休みらしくいつまでも寝ていたところを少年からのメールで目を覚ました安藤は飛び起きて携帯の前で正座をしていたのでした。