指 恋
突然の意識喪失で、那由の周りがあわただしく動き出す。
先日説明済みの新薬投与について、両親は藁にも縋る思いで誓約書にサインをした。娘の弱っていく姿をこれ以上見ていられなかったのだ。
「一昨年より去年。去年より今年と、医学は進歩しています」
長井医師の説明に両親は頷き、那由に新しい点滴が付けられた。
「しばらくは、僕がついていますから」
看護士達を休ませる為、そして、新薬の成果を見極める為、長井医師が那由の傍らに座った。
「医師(せんせい)、これを枕元に置いてやってもいいでしょうか?」
姉の携帯を母が差し出す。
「同じ病気で亡くなった、姉の携帯なんですけれど、この子の御守りみたいな物なので……」
その言葉に、長井医師が微笑んだ。
携帯を那由の枕元に置き、両親が病室を後にする。
残された医師が薬の量を調節しながら、病室の時間が静かに過ぎていく。
「もう、こんな時間か……」
長井医師が立ち上がり、病室を出る。
「しばらくは、ここから動けないかな……」
ドアを閉め、そのすぐ横でポケットから出した携帯で何やら打ち始め、
「……これで、よし」
那由のベッド脇へと戻って来た。
と、那由の枕元で携帯が震える。
「え?」
姉の形見の携帯だと聞いていた。
てっきり使われていないものだと思っていた医師が驚いている間に、携帯が自身の振動でベッドから落ちた。
そして……。
「着信……王子様……?」
偶然開いてしまったその画面を見て、ボタンを押してしまう。