指 恋
「でもね、お姉ちゃん。ヒントくらいは出してあげないと、探しようがないわよ」
もう二ヶ月にもなるメール交換。“王子様への憧れ”だった姉の心は、いつしか“王子様への恋”へと変わっていた。まるでおとぎ話さながら、メールのみでしか交わされない言葉にみるみる姉の表情が変わっていく。どこか淋しげだった影は消え、はにかむように頬を染める。
「私の起きる時間を知ってるみたい」
毎朝入るモーニングメールに、姉がクスリと笑いながら首を傾げた。
「“おはよう。今日もいい天気だよ”……ですって」
学校休みに面会に来た那由に、姉がメール画面を見せる。
まるで幼い恋人同士のようなやりとりに、もしかしたら……と考えをめぐらせる。
「ねぇ、お姉ちゃん」
姉が“王子様”に恋をしているように、“王子様”も姉に恋をしているのかもしれない、と。
「本当に探しに来たら、どうする?」
「え?」
「“王子様”よ。本当に来たら……」
「……ステキね……」
そう言って微笑むが、その瞳はどこか遠くを見ている。
「ここの場所、教えちゃえばいいじゃない」
那由が姉の携帯をサッと奪い取った。
「那由ちゃん!」
慌てふためく姉の横で、返信メールを打ち始める那由。
「やめてっ!!」
必死に身体を伸ばした姉が、那由の手から携帯を奪い返した。
「メールだけじゃ、何も起こらないでしょ?」
那由の言葉に姉は黙って首を振る。
「折角、“王子様”を呼んであげようと思ったのに」
「……何が、わかるの?……」
震える手で携帯を抱き締めながら、姉が呟いた。
「好きな時に好きなところへ行けるあなたに、何がわかるの?」
「……お姉ちゃん……?」
「会いたくたって、こんな身体でどうしろって言うの? ここへ来て、私を見て、この人が私をどう思うと……」
懸命に出していた声が次第に消えていく。その頬を伝う涙に、那由は、姉の真剣な気持ちを悟った。細い体、白い肌。一目見ただけで、その病弱さと残された時間の短さが伺えてしまう。たとえ迎えに来てくれたとしても、決してついていく事は出来ないのだ。
だから、メールに夢を託す。
「……ごめんね。お姉ちゃん……」
自分のしようとしていた事の残酷さに気付いた那由が、震える姉の肩を抱き締めた。