指 恋
溜息が出るほど、あり得ないくらい“おとぎ話”なメールの応酬。
「いくつなの、この人?」
病院以外の世界を知らない姉の子供じみたメールについてきている“王子様”に、那由が呆れたようにメールと姉を交互に見る。
「知らないわ」
微笑みながら答える姉に那由が驚いた。
「名前は?」
「知らない」
「“知らない”って、お姉ちゃん!」
「必要ないもの」
そう言って、握り締めた携帯を胸に抱く。
「だってね……」
自分の名前も告げてはいないのだと笑う。
「その方がいつか会えた時、ロマンティックでしょう?」
病院という名の森を出る事のできない姉は、心を少女の時間(とき)で止めていた。そうでもしなければ、笑顔で過ごす事ができなかったのだ。
毎日、同じ時間に起きて、診察をして、食事をして、家族が面会に来て……。繰り返される日々の中で、大きくなっていく妹を見ながら、弱っていく自分の身体を思い知る。
『今日、学校でね……』
聞きたくもない学校の話に笑顔で答える。学生生活も友人も、自分には決して手の届かない物なのだ。それでも、恨めしい気持ちを上回る姉としての想いが微笑みを生んでいく。妹の笑顔を見ていたいから、まだ何も知らなかった少女のままで、心の時間を止めてしまった。