血染桜
白い部屋。病院の一室。個室のベッドに、少女が横たわっていた。肩に白い包帯を巻き、眠っている。
傍には姉である親方が椅子に座っていた。こちらも簡単な治療を受け、小楠を心配そうに見つめていた。
親方にはまだなにが起こったのかよく理解できないでいたが、妹に怪我を負わせた人間には必ず報いを与えようと決心していた。
「よお。呼ばれたから参上したぞ?」
その時。個室へスーツ姿の身の小奇麗な壮年の男性が入ってきた。
「出てきた途端、えらい災難に遭ったな」
手にはビシネスかばんをぶらさげている。
「侭田(ままだ)さんか。……許せねえよ。小楠をこんな目に合わせた奴を、よ」
親方は侭田を一瞥すると、そう悔しそうに返す。
「……出てきたなりそれか。まあ、穏便に頼む。お前さんみたいな悪党の刑期を6年で済ますのはもう無理だぞ」
苦笑しながら、侭田は言う。
「一応な、例ぐらいは言って置くぜ。侭田さん。アンタの弁護がなけりゃ、6年どころじゃなく極刑もありえたからな」
「お前さんには借りがあるからな。それくらいは容易いさ。弁護士として当然の仕事だったとも言える」
侭田は細い目をさらに細めながら笑う。
「……さて……、別に馴れ合うために呼んだわけじゃないだろう?本題に入ることにしよう」
表情を一転、真面目な顔をして侭田は言った。
「ああ。……俺は執念深い性質なんでね。小楠をこんな目にあわせた奴を許せねえのさ」
痛々しく横たわる小楠を見つめながら、親方は言う。
「撃った連中の車のナンバー、俺はしっかり記憶している」
「……流石だな。一瞬の出来事だと聞いたが」
「まあ、な。『内本 530 べ 82-928』……」
「内本(うちもと)ナンバー……、県外の車両か」
「らしいな。もっとも、ナンバー偽造、盗難車両の可能性もあるが。……陸運局に行ってこの車の持ち主を割り出してほしい」
侭田を見る親方の真剣な眼差しには、憎悪が宿っていた。
「内本へ行く予定もあるし、別に構わんよ。……警察に任せればいいだろうに」
「ポリは信用ならないんでね。特にこの国の警察は、な」
「まあ、お前さんならそう言うとおもったよ。だが、お前さんも……えっと、いくつだったか」
「26だよ。臭い飯食って馬鹿に歳食っちまった」
「26か。小楠ちゃんは10歳下だったから、16歳か。26なら分別もある大人だろ?」
「悪いが、育った環境が環境でね。捻くれちまったんだよ」
親方は長い黒髪をゴムで纏めながら、子供のようにそっぽを向いた。
「やれやれ……。しかし、お前さん二発も撃たれたんだろ?」
「脚と肩だ」
「もうなんともないのか」
「小楠の感じた痛みとくらべりゃあこんなの屁でもねえよ。痒いくれえだ」
侭田は呆れたように親方を見つめ腰を上げると、車の所有者を割り出すことを約束し、去っていった。
侭田が去ると、親方は小楠の頭を撫でながら、その愛らしい額に愛おしそうに口付けをする。
「小楠。もう、離さないぜ……」
その内不器用な姉は、いつしか少女の豊かな胸を枕にして、眠ってしまっていた。