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怪盗・仮初非力の結婚

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「怖かったよ、怖かったよぅ……、しー君が来てくれなかったらどうしようかと思って……。この町には名探偵がいるっていうから意気込んで来てみたのに、犯行予告には何の反応も返さないし、私のことを完璧に無視するし。警察はいたずら扱いで新聞の記事にもならなくて……。このまま無視され続けたら、悲しくて哀しくて泣き死ぬところだったよう……」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、女性は喚き散らした。彼女は黒いライダースーツめいたものを着ていたが、なんというか、泣き叫ぶ女性にはちょっと似合わない。
「おーおー、よしよし。君は頑張ったよ、非力。だからもう泣くなよ。お嬢さん方がびっくりしてるぞ」
 男が、女性の頭を撫でながら、そう諭す。女性は言われて初めて私たちに気付いたようで、一瞬きょとんと男を見上げてから、こちらに向き直った。――うわあ、目が青い。
「お邪魔してます」
「どうもどうも、はじめましてっ! ちとせちゃんでっす」
 私が頭を下げ、千年がピースサインで挨拶をする。女性は硬直し、見る見るうちに顔を真っ赤にし、次に青ざめた。――おお、化学反応みたいだ。
「なっ……、なっ……」
 口をぱくぱくと開け閉めして、女性は私たちを指差した。そして、涙目で男を見た。
「しー君、なんだい、なんなんだい彼女らは」
「お客様だよ。この町の人で、ここまで道案内をしてくれたんだ。お礼に、紅茶でも入れてあげてくれないか」
「だって、だって、しー君、他に誰も連れてこないって約束だったじゃないかっ!」
「そうだったっけ? まあ、良いじゃない。僕のお客様ってことで」
 女性は――仮初非力は男を睨み付けたが、男は全く気にする様子なくにっこりと微笑む。やがて非力はがっくりとうなだれて、諦めたように私たちを部屋の中へ招き入れた。部屋の中は案外普通で、所々がたがきているようではあったが、人が暮らしていくのには十分な広さと住み心地を持っているようだった。遠叔父の屋敷の、屋根裏部屋を思い出す。
「あの……、非力さんは、外国の方なんですか」
 私が聞くと、紅茶を運んできた非力は肯き、男が説明してくれた。
「そうだよ。彼女はこっちに来る前、イギリスでかのシャーロック・ホームズの子孫と丁々発止の茶番劇を演じていたのさ。けれど、日本に来る途中で飛行機事故にあってね。それで、こんな臆病者になってしまったんだよ」
「しー君、私は別に――」
 非力は反論しようとしたが、男は首を振ってそれを退けた。
「しー君……」
 非力は困ったように眉をひそめ、ため息をついた。
「しかし、非力。君はどうしてそうまでして名探偵にこだわるんだ。この間は明智小五郎の子孫、その前は金田一耕助の従妹の子孫。その前は確か、銭形平次の子孫だったね。で、今回は覆水再起……。それにしても、あいつのは自称だよ。本気で相手するような奴じゃない」
 男は、非力にそう問うた。非力はしばらく床を見つめてもじもじしていたが、やがて口を開いた。
「だって、怪盗は名探偵に捕まるしか、ないじゃないか」
「それはどういう意味だい」
「それは……」
 非力は、男に見つめられて居心地悪そうに、目をそらした。その気まずい空気を、千年が両断した。
「非力さんは、怪盗を辞めたいんですよねっ? ねっ、そうでしょ!」
「う……」
 千年の指摘に、非力はうめく。男は途端に笑顔を止め、真剣な顔で、非力の傍へ歩み寄った。
「とうとう……、止めるのかい」
「……うん。そもそも、日本に来たのだって、こっちの警察は優秀だって聞いたからだ。でも、見事に当てが外れてね。今の時代、この国では、怪盗なんて流行らないんだ。それに、狙う価値のある財宝なんてものも、この国にはない。……もう、さっさとこんな稼業は止めて、のんびりしたいんだよ私」
 非力は遠い目をして、窓の外を見る。外はすでに夕暮れに染まりつつあり、小さな町がセピア色に変わっていく。怪盗は、平凡を求めていた。
「だから、捕まって怪盗を辞めようと思ったのか。本当に君は馬鹿だな」
 男は、楽しそうにそう言った。非力は馬鹿と言われて癪に障ったのか、むっとした様子で男を見た。しかし、男は喧嘩を売ったつもりではないらしく、鷹揚に構えている。
「さっさといい男と結婚しちまえば良いんだよ。非力は美人なんだから」
「……それなら、名探偵と結婚したい」
「だから、言ったろ。名探偵なんて妄想なんだ。大体、いまどきそんなモノは存在できないんだ。良いか、もし自分で名探偵なんて口走る奴がいたら、そいつは十中八九、覆水再起か、それとも頭の足りない推理マニアだ。君だって、怪盗なんて時代遅れだと言ったろ。それと同じで、名探偵なんてのは今や絶滅危惧種なんだよ」
「うー……」
 非力は、男の弁舌に言い返すことも出来ず、黙り込む。そんな彼女を、男は慈しむように見ていた。――ん。この雰囲気は。
 男が、言った。
「非力、僕と結婚しない?」
「……え?」
 あまりにも唐突な申し出に、非力だけでなく、私と千年まで息を呑んだ。――唐突だ、唐突すぎる。……なんて奴だ。
「え……、しー君、君、今なんて」
 非力は、自身の耳を疑っているようで、問い返す。男はもう一度、恥ずかしがることなく堂々と、言ってのけた。
「非力、僕と結婚しよう」
 しないか、でも、してくれませんか、でもなく。既に自分の中で結婚が決まっているかのような、そういう言い方だ。非力は澄んだ瞳をぱちぱちと動かし、しばらく、呼吸を忘れたように口を開けていた。
「…………」
「駄目なわけはないだろ。僕と君の仲だ」
「……しー君……」
 非力は呆然と。男は悠然と。互いに、見詰め合っていた。私と千年は、静かに成り行きを見守る。――なんだ、これでは、私たちはただの観客ではないか。
「非力、どう?」
 こういう時、答えは今すぐでなくても良い、とかってよくドラマでやっているけれども。この男は、即答をお望みらしい。相当、自信があるのだろう。非力はようやく考えがまとまったらしく、おずおずと口を開いた。
「しー君、その……、一つ聞いても良いかい」
「何なりと」
「私の、どこが良いんだい」
 男は、これ以上ないというような笑顔で、非力に向かって、答えた。
「勿論、全てだよ」
 その一言で、全てが決した。
作品名:怪盗・仮初非力の結婚 作家名:tei