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ひざむらい
ひざむらい
novelistID. 15984
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ファンレター

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大橋様

水沼健吾です。もうこれが最後の手紙になると思います。
先日はひどい目に合いました。何度も道に迷いながらも、ようやく大橋様のお宅に到着しました。道中、数多の人とすれ違いましたが、誰も私が水沼健吾だということに気付いてくれませんでした。もしや、誰も私のことを知らないのではないかと思い、寂しい気持ちになりました。この寂しさを癒してくれるのは大橋様しかいらっしゃらない、そう思ってドキドキしながら大橋様のお宅へ向ったのです。玄関のインターホンをピンポンと鳴らすとお母様がお出になられ、私をまるで不審者のような目で見られました。私は俳優の水沼健吾です、決して怪しい者ではありませんと言うと、更に怪しく思ったようで、大橋様をお呼びになりました。大橋様は私を見るや否や、ぎょっとした顔をなされ、手に持っていた林檎を私の方へ投げつけましたね。私は大変驚きました。私は反射神経は良いほうなので、素早く投げつけられた林檎を右手でキャッチしました。その瞬間思ったのです。これは恋のキャッチボールだと。でも、それは私の一人合点だったようですね。私がこの林檎を一緒に食べましょうと言った後、大橋様は何と仰ったか覚えていらっしゃるでしょうか。「それは毒林檎よ、あなたは毒そのものです。汚らわしいから早く立ち去りなさい!」と、すごい勢いで仰りました。あれは本当に鬼のような顔でした。何故そこまで言われなければならないのだろうと、頗る狼狽していると、大橋様は続けて、「早く行きなさい! 警察を呼ぶわよ、この不審者め!」と言うではありませんか。不審者とはひどい話です。大橋様は私をご存知ではないですか。私も俳優の端くれです。多少なりともプライドがあります。そこで私が「あなたは私にファンレターを出したではないか。それなのに不審者とは何事だ」と言い返したのですが、大橋様、あなたは本当にひどいお方です。私はファンレターなど出していません、それはあなたの妄想です、早く病院へ行った方がいいですよと平気な顔をして言うのだから、私はただただ呆気に取られてしまいました。私にはもう言い返す気力が残っていなかったので、わかりましたと言い、大橋様の家を後にしたのですが、思い返すたびに悔しさが溢れてきます。考えてみれば私は俳優なのです。どうして一般の人にここまで言われなければならないのでしょうか。もう自分を傷つけるのは嫌なので、大橋様のことはすっぱりと諦め、家でルービックキューブを極めたいと思います。
そのうち仕事も舞い込んでくるでしょう。なにせ私は天才俳優なのですから。
それでは、お元気で。

水沼健吾

作品名:ファンレター 作家名:ひざむらい