怪談まとめ。
ご飯の時間
トントントン
男は会社から帰る時、ある家の前を通る
男が通る道に台所の小窓が面したその家では、夕食時のその時間、いつも軽快な包丁の音がしている。
そして、
「お母さん、お腹空いたよ!」
「はいはい、もうすぐだから」
それと一緒に、幼い子供の声と、母親らしき女性の声が。
彼は毎日、夕暮れ時にその家の前を通るのが好きだった。
しかし、ある時彼は、気付いてはいけない事に気付いてしまった。
何故なら、その日、いつもは閉まっている台所の小窓が開いていたのだ。
彼の目の高さにあるその窓を何の気無しにひょい、と覗き込むと、包丁を操る、若い女の手が見えた。
「はーやーくー!」
「分かってるからっ」
……よく磨かれた、何も乗っていない檜のまな板を叩き続ける若い女の手が。
見てはいけないものを見てしまった。彼は悩んだ。
彼が微笑ましく見ていた親子は、全くの幻想だったのだ。
本当は、ただ、飢えた母子が居るだけだったのだ。
優しい彼は、この事実から目を逸らす事が出来ず、まるで自分の事のように悩み続けた。
数日後、彼は悩んだ揚げ句に意を決して上等の肉を買い、朝の通勤時間に小窓から投げ込んだ。
気もそぞろに向かえた就業時間。そして帰宅時間。
彼はドキドキしながら例の家の前を通り掛かった。
「もう待てないよーっ」
「こらっ、お母さん包丁使ってるのよ、危ないでしょ」
果たして、そこには……ズタズタに切り刻まれた肉にぷちゅぷちゅと包丁を突き立てる細い手があった。