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次に、先輩は辛いものが嫌い

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「カレーライスは甘口と相場が決まっている」

 二年の教室にやってきた先輩は、戸口に呼び出した私に言った。

「何を突然言い出すんですか」
「今日一年は調理実習だったそうです」

 ちらっと目配せしてくる先輩。何かを汲み取ってほしそうなその期待に満ちた顔にいらだって、私は「そうですか」とだけ返した。

「もう、鈍い。鈍すぎる。調理実習ではカレーライスを作ったそうなのだよ」
「あっそう」
「なにそれその目。今私の心に突き刺さった。絶対零度の凍てつく視線。あと私は先輩なのだから、言うなら『あら、やだわ、先輩ったら、私にカレーを作ってほしいのなら、はっきり言ってくださればいいんですのに。もう照れ屋さんっ☆』」と返すところだと思います」
「うぜぇ……」
「ねえなんか冷たくない? なんか私毛虫みたいな扱いじゃない? なんでなんで?」
「知りません」
 とういうかどうしてこれで冷たくされるのが分からないんだろう。馬鹿なのかな。馬鹿なんだろうな。

「バーカバーカ」と心中でののしる私に対し、先輩は意味ありげな視線を送ってくる。

「ひょっとしてぇ、アレ? 女の子の日?」
「死ね」
「いやん」

 本気で首を絞めてやろうかと思った矢先、先輩は自分の体を抱きしめてひねるというアホな格好のままで、不意に冷静な顔になる。

「――海。海でのあのセクシャルハラスメント? あのセクシャルハラスメントが君のメンタリティーに私の存在を刻み付けて、止まない思いに病んでいるの? つまり私への想いに気づいた結果のいわゆるこれは『やだ、あたし意識しちゃった……』という状況なの?」

 私は先輩を無視して窓の外を見る。若々しい緑の葉が、風に揺れて今にも散りそうだった。

「……あの葉が落ちる時、私の命も一緒に――」

 芝居がかった調子でそこまで言って、私の顔を見た先輩は、「ごめん」と小さく言った。

「……私は、絵心なんてありません。台風を止めるようなことももちろんできません」
「うん」
「まず第一に、私は先輩に、特別な気持ちを持ってもいません」
「うん」

 先輩はうなずきながら、うつむいて、にっこりと笑った。

「私の家の塀に、枯れ葉を描く仕事なんてしたら、だめだよ。肺炎になって、二日で死んでしまうよ」
「そんなこと、しません」
「しなくていいよ」

 その声はとても無機質に聞こえた。私が彼女を見ると、その表情はみるみるいつもの能天気なものへと変わる。

「好きで好きでいとおしくてたまらない、いつも君のことばかり考えて、私はなんて邪な存在なんだろうと夜な夜な愛の詩を詠んで心を鎮める、いっそどうにかなってしまったら楽なのに、……なんて、こんな幸福、君は抱く必要はないよ」
「……幸せで、よかったですね」

 温度のない声を出した私に、先輩は深くうなずいた。

「ところで、カレー……」
「作りません」