しゃぼん
「はいこれお土産」
そういって差し出されたのはビニール袋。
それなりに重い中身を覗き込む。
「これ・・・」
「シャンプーとリンス」
さらっと多輔(たすく)さんは言ったけど、中身は可愛らしい感じのオレンジ色のボトル。
どうみてもこれは・・・
「女の子用じゃないですかっ!」
「ん?別に使っちゃ駄目じゃないでしょ?」
別に問題ないじゃん、と多輔さんは気にしてない。
「この前来たとき無くなりそうだったからさ」
「確かにそうなんですけど・・・買い置きあったのに・・」
「まぁ良いじゃん。こっち使えよ」
「えーっ」
こういう日用品の話をするのがなんとなく”恋人”って感じがして少し照れくさくなる。
恋人同士なんだから当たり前なんだけど、いまでもドキドキしてしまう。
「いやぁしかし悩んだよ。キュートにするか、セクシーにするか」
「へ・・・・?」
「お前どっちも兼ね備えてるじゃん?笑顔はキュートだけど、仕草はセクシーだし」
なんてまじめに悩んでる。
何考えてるんだか・・・なんて呆れていたら多輔さんは僕の腕を掴んで
リビングじゃないほうへ連れて行かれた。
「・・・多輔さん?なんでお風呂場なの・・・?」
「なんでってこれ使うからに決まってんだろ」
と言うと多輔さんは楽しそうに、新しいおもちゃを貰った子供のように僕に笑いかけた。
そして僕の服へと手をかけた。
「ちょっ何脱がしてるんですかっ!!」
「えー?だって風呂はいるときは服脱ぐだろ?」
「そうですけど、なんで多輔さんが脱がしてるんですか!?」
「俺が葵を洗ってあげるから」
語尾にハートマークが付きそうな勢いで言われ、僕はため息をつく。
多輔さんは手早く僕の服を全部脱がせ風呂場へと押しやった。
自分は上だけ脱いで僕の後ろへ立つ。
「えーっとまずはシャンプーっと・・・」
シャワーをかけた後袋からオレンジのボトルを取り出す。
鏡越しに見た多輔さんはシャワーの湯気でメガネが曇っててどこか間抜け。
思わずぷっと吹き出すと、何笑ってんだと頭を小突かれた。
「だってメガネ・・・」
「あ?あー・・・」
言われて気づいたらしく、メガネを頭の上に上げた。
「これでよし。んじゃやるぞ!」
そう言うと手にシャンプーを取り手の平でそれを念入りに泡立てる。
十分に泡立ったそれを僕の髪へと落とした。
ふんわりと花の香りが風呂場を包む。
多輔さんは、指の腹で押すようにマッサージをするかのように指を動かす。
凄く気持ちがよくて、うっとりと目を閉じた。
「気持ち良さそうな顔・・・」
くすくすと笑う多輔さんの声が聞こえる。
そんな声もだんだんと遠くに行って、このまま寝ちゃいたい・・・なんて思ってたら
「そのまま目つぶってなさい」
その言葉とともに気持ちよかった指も、シャンプーの泡も香りも全部シャワーに流されていった。
「はい、終わり」
上機嫌で鼻歌を歌いながら多輔さんはギュッと僕の濡れた髪を絞る。
多輔さんのことだからこのままじゃ終わらないだろうと思わず身構えていると
そのまま風呂場を出て行ってしまった。
予想外の反応にきょとんとしていると
「何やってんの。風邪ひくぞ」
といってバスタオルに包まれ、ガシガシと頭を拭かれた。
タオルの隙間からそっと覗いた多輔さんの顔はさっきの子供のような顔じゃなくて
いつもと同じ顔。そこで気が付いた。
・・・あぁなんだ。
今日のおもちゃは僕じゃなくて、シャンプーの方だったんだ。
なんて思ったらムッときちゃって。
目の前にあった多輔さんの顔をぐっと引き寄せて、瞳に僕だけしか映ってないのを確認して
ちゅっと口付けた。
「・・・葵さん?」
唇を離したらポカンとしてる多輔さんの顔を見て、満足する。
たかがシャンプーにヤキモチなんてって思うところもあるけど
僕以外で楽しそうにするのはやっぱり嫌。
「僕以外で楽しそうにするの禁止」
「へ?」
多輔さんのおもちゃは僕だけの役目。