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まず、先輩は水に濡れるのが嫌い

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 先輩は水に濡れるのが嫌いだった。プールは絶対見学していたし、海へ一緒に行った時でも、先輩はつばの広い帽子を被ったまま、シートを敷いた上でくつろいでいた。

 「つまんなくないんですか」と、訊いたことがある。
 先輩は、帽子を取らないままで私を仰ぎみると、にやりとして首を傾げた。

「いい格好だね。やっぱり、海の方が好きだな。透けTはジャスティスじゃよ」
「意味わかんないんですけど」
「わかんないの」

 先輩は今度は難しい顔で、じっと私の首の下あたりを見つめてみせる。習って目線をおろしても、水を吸って張り付く布地以外のモノはなにも視界に入らない。べたべたしてうっとうしいので、裾を握って絞る。先輩の休むシートの足下に、ボタボタと水たまりができた。うひょっと珍妙な声とともに、先輩は後ずさる。
 私はその横に畳んでおいた上着を拾い上げてさっさと羽織った。

「もう先輩の前では泳ぎません」
「ええー。別にこれは不埒な感覚ではなくてですね、ただ君の体の線が扇状的なだけでね」
「もうこっちみないでください」
「照れ隠しですか? 恥ずかしいの?」
「ある意味恥ずかしいです」
「いやーん。だめだよ、かえって、私の愛という仮面の下のアガペーを刺激しちゃうよ」
「なに言ってんですか。もう、そういうこと言ってると、嫌われますよ」
「心配してくれるの?」

 期待を込めた目で見上げてくる先輩。

「いや、私が嫌いますよ」
「それはない」
「ありますよ。現に今、先輩への好感度は地におちました」
「私の君へのそれはうなぎ登りなんだけどねえ」
「変態」
「私は私なりに愛を表しているだけなんですよ」
「アホな屁理屈こねてないで、これ、飲んでください」
「うん」

 私は荷物をほどいて、ペットボトルの水と、ピルケースを先輩の手に乗せた。先輩は素直に錠剤をのどに流し込むと、こちらを見上げてにやにや笑った。

「今のその顔、好き。私のことが心配で仕方ないっていってる」
「妄想です」
「私が飲むのを忘れると思って、水まで用意してくれて、どんだけ好きなの? 愛してるの?」
「うっさいもう死ね」

 よそをむく私に、先輩はくすくす笑って、小さな声でつぶやく。

「死んだら泣くくせに」

 聞こえなかったふりをして、私は再度水うち際に走った。