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今別府千宵
今別府千宵
novelistID. 15836
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あめの日に

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今日は夕方から雨が降っていて、鞄には傘がなくて、びっしょり濡れた私は、小さな緑色のアパートのインターホンを押した。扉はすぐに開いた。
「うーわ、何してんの?」
ひょっこりと顔を出した幼馴染の圭は、そのくせっ毛の茶髪をいじりながら私の事を上から下まで眺めてそう呟いた。私は口だけ微笑む。
「見ての通り、びしょ濡れ。ということでちょこっとお邪魔しますよ」
圭を押しのけて玄関へ入り、靴下を脱いで丸めた。もう通りなれた短い廊下をぺたぺたといわせながら歩く。途中にあるバスルームからフェイスタオルを一枚頂戴し、暖かなリビングルームのソファにダイブした。すかさず圭がバスタオルと一緒に追いかけてくる。
「ソファ濡れる」
そう言われ無理矢理だるい身体を起こされた私は低く唸った。鼻の奥がもやもやと、むせそうな空気に犯されていくのがわかる。
「臭いよこの部屋。煙草なんていつ始めたの?」
「あぁ、最近少しだけな。でもお前の前じゃ吸ってないだろ」
横に座った圭が私にバスタオルをかけて、髪の毛を乱暴に拭いてくる。視界には黒の髪と圭のTシャツしか映らないのに、部外者が、他人が、そこにいるようだった。
圭が私の髪を拭くたびに広がる、苦い香り。ふと左側に目を逸らすと低いガラステーブルの上には見たこともない灰皿と吸殻が置いてある。これが、本当に圭の物?此処は本当に、あの、圭の部屋なんだろうか?
「今日、夕方から雨降るって言ってたのに傘持ってかなかったのかよ」
窓の外では未だに、天から地に向かってまっすぐ雨が落ちている。
「圭、私の前では吸わないね。タバコ」
「だってお前、煙嫌いだろ」
「うん。でも、嫌だよ。私の前でも吸ってよ」
「はっ?」
圭の目が真ん丸になったのは、私の発言の意味が理解出来なかったからなのか、私がとても苦しそうな顔をしていたからなのか、わからないけれど。
とにかく私はすぐにバスルームへと駆け込んで、鍵をした。心臓がバクバクいってる。バスタブには蛇口から注がれたお湯がもう半分以上溜まっていた。私はお湯を止め、服を脱ぎ捨ててバスタブの中に飛び込んだ。
大きな、水が飛び散る音がした。
「う、」
その後の静寂に、滴が落ちる音と私の嗚咽だけが響く。
私の親友、舞子と圭が仲が良い事は知っていた。よく3人で遊んだりもしたし、私はそれを嫌だと感じた事もなかった。本当に、なかったのだ。ほんの、さっきまでは。

今日、駅前のカフェで舞子と会った。いつも通りの会話の中に、するりと当然のように混ざった話題。
「そういえば、圭くんに二人だけで遊ぼうって誘われたんだよね。なんか最近話してても楽しいしさ、まぁいいかなーって」
舞子はゆったりとその言葉を吐き出した。白い煙と一緒に。
カフェを出ると、朝テレビで見た予報通りの雨が降っていた。手元には傘、それを私はそっと舞子に渡した。折りたたみがあるから、と嘘をついて。そうして自分の意思でびしょ濡れになった私を、部屋にあげ、髪を拭き、お湯を張ってくれる圭。
全部、私の予想通りだった。
私は、確かめたかったのだ。圭が私を、大事にしてくれていること。特別な存在だということ。舞子だけじゃ、ないんだよってこと。
「……ねぇ10分考えてみても、やっぱ意味わかんないんですけど」
ドアの外から圭の声がする。何だか耳を塞ぎたいような気持ちになってくるけど、私はそれを必死に堪えた。こんな状況にしてしまった責任を取らなければいけない。
「だって舞子の前では煙草吸うくせに。嫌だよ、そういう、秘密っぽいの」
「気付いたの?俺が舞子さん好きって」
圭は冷静だった。何でだろう。シャンプーの匂いに混ざって、煙の匂いがする。
「……自分でもよくわかんない」
孤独感?独占欲?恋?この気持ちをなんて呼ぶのか自分でもわからないまま、どんどん息苦しくなっていく。慣れないあの香りを、圭から感じる事がこんなにも堪えられない。いつも3人でいたからか、幼馴染だからか、それとも?
「でもやっぱり、お前の前じゃ吸えねぇよ」
圭はなぜか、笑っていた。お湯の中に沈んでしまいそうなほど、熱くて朦朧としている頭に、ケラケラとその笑い声が響く。少しだけ、頭にきた。
「だって、お前の前でーってなんか違う気すんだもん。とても吸えないね」
硬く結んでいた唇から、すっと力が抜けた。不思議と、涙も一緒に止まった。小さい頃の圭と私が、どうかしたの?というような目でこちらを見てくる。
悔しいけど、何だか解る気がした。そう思った瞬間に今度は私の笑い声が大きくなってバスルームに響く。
「ふふ、そうだね。はは」
舞子が好きで好きで、彼女の好きな物を必死に理解しようとした圭が何だかとてもちっちゃくて、可愛いもののように思えてくる。煙草を吸う圭は知らなくても、その思いつきはまるっきり昔のままの圭だ。私の、大好きな圭だ。この気持ちに、名前なんていらない気がする。ただ、言うか言わないかは私次第なんだろう。
「バスタオル、置いとくぞー」
遠ざかる圭の声。ちゃぽん、と唇まで浸かると、目の前を真っ白な湯気が立ち上っている。やっぱり、煙草を吸っている圭にも興味がある。白い煙の中でどれだけ彼はかっこつけられるのだろう、と密かに笑った。
お風呂を出たらまず、圭の髪をぐしゃぐしゃにしよう。そしたら、キスの一つでもしてみよう。圭は、どんな顔をするのかな。
作品名:あめの日に 作家名:今別府千宵