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鳥久保咲人
鳥久保咲人
novelistID. 15825
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酔恋

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 今は歌舞伎町を少しいった新宿の片隅のキャバクラでバイトをしている。気を遣い、身も心も苦しかった一年目を終え、なんとかやっていける術を学んだ。純也とはその一年目、バイト先の近くのバーで知り合った。
 純也はそこで労働基準法に触れる時間帯勤務でバーテンダーをしていた。なんとなく見た指が綺麗なので聞いてみると、ピアニストを目指しているのだと言った。今はドイツへの留学費を稼ぐためにバイトをしているのだという。
 怠惰的な、決して誇れない自分の人生を思い返した。惰性で短大へ行き、行きずりのひとと寝食をともにし、体を重ねる。その場しのぎの仕事やセックスを繰り返す。刹那を足するということは平穏と安寧を拒絶すること、つまり心の平安の来ることがないことだった。純也と出逢ったとき、血統書付きの子犬をみた雑種の心持ちがした。
 そうして純也が自分をすきだと言ってくれた夜、自分の過去は言うまいと決めた。情報に捕らわれずに体だけでもいいから瞳に映る自分を愛してほしかった。初めて、失いたくないものが出来た。刹那ではなく、これからも愛して欲しいひとが見つかった。しかし、扱い方が分からず持て余している。そんな自分を嘲う。
「気持ちよくしてあげるから、ねえお願い。終わりまでわたしの名前を口先で転がして」
「麻美さん、そんなに不安にならなくていいんだよ」
 ふいに聞いた言葉に思わず手を止めた。
「別に不安なんかじゃないよ」
「結婚する、喧嘩するって動詞はね、二人いないと使えない動詞なんだ」
「動詞?」
「うん、恋愛もいっしょだよ。一人で愛して一人で気持ちよくなるものじゃないと思うんだ」
「大人だね」
「僕はまだ十七。どう考えても子どもだよ、麻美」
 そうして、お互い同じ瞬間にこの闇夜に沈む暗がりの一室で羽ばたいたあと、わたしは純也と手をつないだまま、天井に向かって呟いた。
「すきだよ純也。わたし、あなたと出逢えて良かった」
 しかし、純也はこちらを向いたまま目を見開いて動かない。わたしは視線を逸らして続けた。
「すき。だから見放さないで。今もしあなたがいなくなったらわたし……わたし本当に崩壊しそう。でも依存ではないの。本当にあなたをすきになってしまっただけなの。不思議だね。わたしもよく分からないの。初めてのことばかりだから」
「ねえ麻美さん?」
「うん?」
「今日はすごく饒舌。いつもはそんなこと言ってくれないのに。やっぱり今日は酔っているの?」
 薄暗い世界に揺れる純也の顔を見つめ、わたしはふと闇に甘えてしまおうと思った。今夜はこの暗闇に甘えて、この口に含んだアルコールの効力に身を任せるふりをして、火照った顔をその熱さのせいにして。言えなかったことばのすべてを囁いてしまうのも悪くない。
 わたしは暗闇に窓から月光が差し込むベッドで、火照る顔を隠さずに笑った。
「そうだね。今日はちょっと酔ってるかな」
作品名:酔恋 作家名:鳥久保咲人