夢色失色(2)
「目が覚めた?」
「……アレ…ココは……………?」
「貴方、屋上で倒れていたのよ。生徒が見かけてここ…保健室まで運んでくれたの。体が良くなったら、お礼を言いに行きましょう」
「…屋上…で…?」
「……とても言いづらいのだけど、貴方、もしかして自殺しようとしていたのかしら?」
「……さあ…」
「……さあって」
「……俺にもよく、わからないんです」
(何も思い出せナイ)
(自分がどうしてそんな場所に倒れていたのか)
(自分がそんな場所で何をしようとしていたのか)
(俺には、何も)
(何も思い出せない)
夢色失色(2)
「あ、加奈子さん。朝ごはんできてますよー」
今朝の目覚めは言葉にするのも嫌になるくらい”爽快”だった。
目覚めと共に鼻をついた美味しそうなにおいに引かれて台所に向かうと、昨日押しかけてきたあの男がお玉で味噌汁をかき回している様子が目に入る。
男も私に気づいたようで、にこにこと人懐こい笑みで私を振り返った。
「…朝ごはん?」
「はい、冷蔵庫の中身勝手に使わせて貰いました。
豆腐のお味噌汁と、焼き鮭に、白米、それからきんぴらごぼうです。
料理はしない人だと伺ってたのに、材料はそれなりに揃ってるんですね」
「……世話好きな知り合いが居るのよ」
「あ、そうなんですか。まあ、立ち話もなんですし、どうぞどうぞ。
座って食べてください。今日は平日ですから、学校もあるでしょうし。
お弁当も作っておいたので、持っていってくださいね」
「……」
おとなしく席について並べられた家庭料理の数々を眺める。
…もしかしてこれに毒が入っていて、自分を殺そうとしていたりするのかもしれない。
でも、何れ死ぬのなら過程がどうであり、自分には選ぶ必要のないことだ。
私は御箸を握って料理に手を出した。
「美味しいですかー?」
満面の笑みで私の隣の席について、俯いた私の表情を覗き込んで盗み見てくる男に、思わず体がのけぞる。
(お前は新妻かっつーの)
「え、ええ。……中々ね」
(…少なくとも、毒は入っていないようだけれど)
***
疑うまでもなく、男は他人だ。
それなのに私の心はどこか揺れ動いていた。
***
ふと、学校に向かおうとお弁当を掴んだ私の腕を、男が緩く掴んだ。
何だと不機嫌な顔を露にして男を見上げる。
「これ、リストカットの跡ですよね」
「……」
…ああ、いつもつけているリストバンドをつけるのを忘れていたようだ。
手首に何重にも重なる傷を男が無表情に見つめる。
「……そういえば、加奈子さんはどうして死にたいんですか」
「いまさらね」
「そう、いまさらです。だから、教えてください」
「……。学校に遅刻しちゃう」
「俺が車で送っていきますよ」
「……。どうしてそんなに知りたいの」
「……だって、」
男はそれ以上、何も言わなかった。
でも掴んだ腕を離す気もないようで、私は仕方なく口を開いた。
「たいしたことも何もないわよ。
…私、学校で同姓に苛められてるの。調子に乗ってるんですって。
ほら、女子の苛めって陰険じゃない?
だから見えないところに傷をつけられたり、パシられたり、色々されたわ。
もう慣れたけど」
「苛めの原因は?」
「だから、さっきいったじゃない。私、あの人たちから見たら調子に乗ってるように見えるんですって」
「…本当に?」
「……………。私の母は、ある高校の保険医をやっていたの。でもある日、生徒との間に子供を孕んでしまった。……その子供が私。何処からその情報を仕入れてきたのかはしらないけど、あの人たちはそれをしって、私にちょっかいを出すようになった」
「…」
「…それからはもう散々よ。どうして私が苛められなきゃならないの。
どうして、どうしてどうしてって何度も自問したわ。母を恨んだりもした。
でも母はもう他界していて、そんなことが意味もないこともわかっていた。
わかっていたけれど、やめられなかった。耐えられたなかったのよ、私」
「…加奈子さん」
「…何よ」
「送っていきますから、学校に行きまショウ」
手を引かれて、ローファーもろくに履けないまま外に連れ出される。
そしてつれられるままに白いスポーツカーの中に押し込まれた。
「この車、格好いいデショ」
「私、こういうのわからないの。嫌いじゃないんだけど、興味がないというか」
「勿体ないなあ。………じゃあ、出しますよ」
「……ええ」
***
「二宮ってば本当に面白いなあ、杉崎加奈子がそんなに大事?」
「…ちょっと、結城。回線をハックだなんて、やめなさいよ。二宮君にバレたら怒られるよ」
「だって面白いんだもーん。二宮も何考えてるかわからないけど、あの杉崎って女も一日目にして心を開きかけてるし。二宮に何を感じたか知らないけど、お前らは他人だっつーの」
げらげらと下品に声をあげて笑う結城翠に、桐崎麻衣は小さくため息を吐いた。
そして、ぐるりと周囲を見渡して、またため息を吐く。
「いつまでこんなことを続けるの?結城、」
「…さあ?………私が飽きるまでかなあ?」
そんな日は来ないけどね!
そういって笑った結城に、桐崎は三度目のため息を吐くしかなかったのだった。
***
とりあえず、二話です。
わけのわからない話ですが、読んでいただいてありがとうございます。
あと、登場人物が多いので、最終的にはまとめていきたいなあと…。
加奈子と二宮に幸あれ!