湾岸の風〜テルの物語
プロローグ
私の名は、テル。
私は風。
語るべき物語を、探し求めている。
血相を変えた男達に連れていかれた時、私は少女だった。
気付くと暑い砂浜に裸足で立っていて、潮風に吹かれた長い髪が、裸の背をやさしくなぶるので、自分がなにも着ていないのだと分かった。真昼の太陽に焼かれた砂に埋もれて立っている、白いくるぶしが、まだあどけない。
頭がぼうっとしていて、恥ずかしいという気が起こらない。貝殻混じりの白い砂浜は、甘い花の香りがして、あまりにも綺麗だった。
ここ、どこなんだろう。
のどが乾いて、座り込みたい気分になってきた時、彼らは馬に乗ってどやどやと慌てたふうにやってきた。
みんな褐色の肌と青い目をしていて、私を見ると、うわあどうしようという顔をした。私が裸だったからじゃない。私の額に、なにかまずいものがくっついているらしかった。
息を止めているような難しい顔をして、先頭にいた若い一人が、私のほうへやってきた。身につけていた薄地の外套を脱いで、彼は盗んだ彫像を隠すように、私の体をそれで包んだ。
私はぼんやりと彼の目を見つめた。海みたいな、吸い込まれそうな青だった。
「ここ、どこなんですか」
たずねてみてから、言葉が通じるかなと思った。
彼らはみんな、時代がかった服装をしているし、剣をさげていた。よく見れば耳までとんがっている。この場で私をとって食いはしないみたいだけど、あとから煮て食うぐらいは、するかもしれない。
「……サウザス」
私の額を見つめ、たっぷり迷ってから、青い目の男は答えた。
これって言葉が通じているのかな。自分より高い位置にある彼の顔を、私はじっと見上げた。ほかの人と違って、この人だけが額に宝石のついた輪っかをしている。さては偉い人だな。
「私、名前はテルです」
とりあえず名乗っとけ。お辞儀をして、ずり落ちそうになった借り物の外套を、私は慌てて押さえた。砂浜の空気と同じ、かすかに甘い香りがした。
「テル……」
疑わしそうに呟いて、彼はまた一呼吸迷った。それから、かすかな声で続けた。
「あなたは神殿種か?」
私は答えようとして、乾いた唇を開いたけど、答えるべき言葉を思いつかなかった。
自分の名前のほかには、ほとんど何も憶えていなかったから。
私は白紙だった。また白紙に戻っている。その一行目には、こう書かれていた。
私は小説の主人公だ。
だけど私の小説は、まだ書かれていない。
気付くと、私はどこか知らない世界にたたずんでいた。
作品名:湾岸の風〜テルの物語 作家名:椎堂かおる