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もしも世界が終ったら

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ガタンゴトンの音にあわせて足の裏に振動が伝わってくる。窓から見える風景は夕日に彩られた山の斜面と川とたまにある民家だけだ。見慣れた景色に妙に安心する一方で田舎だなぁとも思う。変わらないでいてほしいけど,やっぱり不便。
珍しく混んでいるワンマン電車の真ん中くらいでアヤと二人で何を話すでもなく立っている。都会の高校生は満員電車でたいへんだなぁと思う。この辺は田舎だから,痴漢もいないし,座れるし。電車の数が少ないけど,アヤとしゃべってればすぐ時間たっちゃうから問題なし。
いつもと同じ時間。いつもと同じ風景。いつもと同じ人と,いつもと同じ帰り道。
そんな中。
いつもと違った宣伝広告。

『もしも世界が終わったらあなたはどうしますか』

「ねぇ,これって宗教かなぁ?何だっけ。ノストラダムス?」
「さぁ,少なくともノストラダムスの大予言とは関係ないよ。A金融って書いてるし」

アヤは頭がいい。

「でも,あれって二〇〇七年のことらしいじゃん」
「一九九九年の7の月でも二〇〇七年でもとっくに過ぎてるよ」
「…ですよねー。」

アヤは正しい。

「もしも世界が終わったら。そうだなぁ。もっと可愛く生まれたいよね」
「あんたが死ぬんじゃなくて,世界が終わるの。世界が終わってんなら生まれ変われないじゃん」

アヤは厳しい。

「えー。じゃあ,どうしようもないじゃん」
「そうだね」

アヤは冷たい。

「アヤならどうする?」
「…考えたって仕方なくない?どうしようもないんでしょ?」

いや,だから,なんていうかさぁ。

「じゃあ,どうにかなるなら,どうする?」
「…………どうもしない」

それじゃ意味ないじゃん。

「ふーん」

アヤの考えてることはわかんない。いっつも難しい顔してる。美人なのに眉間にシワ。
でも,アヤは完璧だと思う。いろんなこと知ってるし。運動できるし,料理も上手いし,きれいだし,センスいいし。
本人はちっとも気づいてないけどアヤはすっごくかっこよくて魅力的だ。とっつきにくいのが玉にキズだけど,それもミステリアスでいいと思う。

「アヤはいいなぁ」
「なにが」
「何でももってて」

天は二物を与えずってあれウソだ。
もしも世界が終わったら私はアヤに生まれ変わりたい。

「…そう思うのは,あんたが私じゃないからだよ」
「どういうこと?」
「隣の芝生は青いってこと」
「意味は?」
「…辞書引きな」

呆れられてしまった。まぁ,いつものことだけど。

電車は山から離れ,田んぼにちらほら民家が見える。この辺特有の赤みの強い瓦屋根が,日が沈みかけた薄暗い闇に浮いている。気がつけばほとんどの人が下車していて,私たち以外は買い物帰りのおばあちゃんと同じ学校の制服を着た男の子だけだった。
次はもう私の降りる駅で,それまで話すこともとくになくてなんとなく立ったまま黙ってしまう。

規則正しく電車が揺れる。やがてゆっくりとスピードが落ち,私の駅に着く。

「じゃあ,また明日」

褪せた黄色の扉が開くのにあわせて電車から降りる。

「サキ」
「ん?」

出口までアヤがついてきてた。アヤから話しかけてくるなんて珍しい。

「もしも世界が終わったら。私はサキに生まれ変わりたい」
「…え?」

ドアが閉まる。ゆっくりと電車が動いていく。アヤの苦笑した顔が遠ざかっていく。

「…え?」

先ほどの言葉を反芻する。
『サキに生まれ変わりたい』
私になりたい?アヤが私になりたいって言った?

ウソ。

だって,とりえなんてないし。
可愛くないし,馬鹿だし,運動できなくてぶきっちょだし。アヤはもてるけど,私はぜんぜんだし。性格だってひねくれてるし,皆にいいとこ見せようとしてジメツするし。
だって。だって。だって。
アヤもそんなこと知ってるのに。

それでも?

……なんかすっごいうれしいかも。

だってあのアヤが。わたしになりたいって。
わたしがうらやましいってことだよね。

「アヤも人間なんだなぁ」

人からうらやましがられる立場のアヤ。私をうらやましがるアヤ。
カンペキのようでそうじゃない私の友達。

「アヤにも言ってあげよう」

私も,生まれ変わったらアヤになりたいって。
どんな顔するのかな。

「アヤ,大好きだよー!!」

日が暮れた人のいない駅のホーム。見えなくなったアヤに叫んでみる。

アヤに届けばいい。
作品名:もしも世界が終ったら 作家名:macho