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観賞・続

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「……ァあ?」

 赤狗がゆっくりと振り返った。
 銃口の先は、赤狗の脊髄を狙っていたはずだったが、服を破って銃口が出現した瞬間、まるでそれを察知したかのように彼は身を捩ったのだ。
 完全には避けきれず、弾丸は赤狗の脇腹に吸い込まれ、貫通した。そして、幾分速度が殺された弾丸は、赤狗の体を飛び出して、赤狗と鍔迫り合いをしていた死神の腹部に食い込んだ。

 ゆっくりと、蒼の視線が、倒れ込んだ男に向いた。

 その、恨みも怒りもない、そのかわりとばかりに得体の知れない何かの渦巻く、人外の視線。
 男は射竦められたかのように青褪めて動きを止めた。
 赤狗はどくりと腹から血を零しながら、音を立ててナイフを黒剣から外した。
 まだ片方のナイフはきちきちと黒剣と噛み合っているが、死神も特に力をこめている様ではない。
 蒼の目は相変わらず男を見下ろし続けている。
 硬直した男はその目から視線を外すことが出来なかった。

 殺される。
 殺される殺さあの死神に死神殺されるあああああああ殺される殺され殺す殺すすすす死にたくない死にたくないここここ殺され

 黒剣とナイフをきちきちぎちぎちと鳴らしながら、2対の異様な視線が男を貫く。
 かつて、この二人の視線を両方とも、これほどまでに長い間独占した人間が居ただろうか。
——居たとしても、既に鬼籍に入っていることだろう。
 赤狗の唇が、ゆっくりと吊り上がる。

「…………ク、ク」

 静寂に張り詰めた牢に、微かな笑い声が響く。

「ククッ、クッ、クック、クカカカカカ、カッカッカッ」

 赤狗が笑っている。
 ダラダラと腹から血を流しながら、これ以上ないくらいに愉快そうに。
 肩を揺らして、笑う。

「あぁ、あああああああああああうわあああああああああああ!!!!」

 積もり積もった恐怖の堰が切れたように、男は絶叫した。
 肩から飛び出した銃口の下、腕の数箇所の服が弾丸の吐き出される圧力に耐えかねて弾け飛んだ。
 そしてその時には——赤狗は身を翻して射線の外を疾走していた。

「ハハァハァヒャハハハハハハヒハハハハハハハァア!!」

 高らかに哄笑を上げる赤毛が居た空間を弾丸が蹂躙する。
 すなわち、死神へと向かって。

ガガガガガガッッッ

 死神は一本の巨大な剣でそれを受けた。弾は剣の表面に激突し、かすり傷すら付けられずに空しく地に落ちる。
 剣の——巨大な剣の向こう側に、黒衣が広がっている。三つの蒼が、剣を払って立ち上がった。
「あァあ、ああがあああアあ!」
 半狂乱になった男の叫びと銃声が重なってだだっ広い牢に充満する。死に神は巨大な剣を前で動かしながら音もなく歩いてくる。
 黒剣で弾丸を弾きながら進んでいるのだと、男に理解できたかどうか——大量の銃弾を浴びながら迫ってくる怪物、に見えたかもしれない。

「鉛玉のプレゼント、どうもありがとうよ負け犬ちゃん」

 ひたりと顔を横から掴まれて、男は硬直した。
 鼻がくっ付きそうな超・至近距離に、朱に近い赤毛と黒革が覗いている。カハァ、と笑ったような呼気を漏らして、赤狗は口の端を歪めた。

「たァっぷり堪能してやったぜ?てめェもじっくり堪能しろや」

ぷツり、

 眼球に何かが突き刺さる。片方の目に硬いものが潜り込んでいく感触を激痛として認識しながら、男は迫ってくる黒い剣を見ていた。
 額の真ん中に神経が集中する。

 ここを。
 ここを割られるのだろう。
 真っ二つに、頭が。
 頭蓋が割れ——————

 男が最後に見たのは、人外の目。
 無限の恐怖を感じながら、男の意識は消滅した。
作品名:観賞・続 作家名:ハーレイ