観賞・続
「カハハァ!」
狂ったような笑い声が男を叩く。
赤狗は銃弾の通り抜ける線から体を逸らしながら高らかに笑った。
走りながらの哄笑は尾を引いて、銃声がそれを追いかける。
瞬きする間にみるみる近付いてくる赤毛の男を呆然と睨みつけて、彼は絶叫した。
「な、なんで、なんで当たらな……っくそっクソッちくしょォォォォオオオオオオオオ!!」
かちん。
弾が尽きた。
ざっと青褪めて慌てて空の弾装を捨て、しかし新しいマガジンを入れる間に赤毛に殺される。男は新しいマガジンを入れるのを諦め、素早くナイフを抜いた。
この間、一秒足らず。
普通ならばどんな攻撃でも迎え撃てる対応だった。
——そう、普通なら。
「遅えェェェェェんだよ!」
赤毛の両手に握られたコンバットナイフが両肩に突き刺さった。
「ぐ、っああああ!」
そのままぐるりとナイフが捻られて男は悲鳴を上げる。
肩の骨が外れる音は絶叫に掻き消され、本人の体内に響くのみ。
この赤毛の男は目とその周囲を皮製のアイパッチで完全に覆われている。
見えるのか。
見えるはずがない。
それなのに、視線を感じるのだ。
黒革に覆われたその下から。
——奴が、見ている。
痛みと物理的な恐怖に彩られた悲鳴を背後に聞きながら、黒の男は鮮やかな群青の目をギシりと動かした。
ひっと息を呑むナイフの男、歯を食い縛り群青を睨みつける剣の男。
黒衣がはためいて嗤う。
まるでそれが面であるかのように瞬き以外の動きを見せない顔貌、適当に切り散らしたかのようなざんばらの黒髪、黒いマントと共に踊るそれは得体の知れない怖気を連れて絶望たる群青を飾る。
黒髪の中、一房だけ瞳と同じ色を持つそれは、位置もあいまってまるで3つめの目のようだ。
押し潰すような静けさを纏った男はその静けさを一切崩すことなく剣を振り下ろした。
ガヂッ
金属が噛み合う音がしたのは一瞬で、折れた銀色が飛んで鏡のように元・持ち主の顔を映した。
——驚愕と恐怖に歪められた顔を。
ずバッ!
黒い線が剣を追い、男の右肩を上から下へ通過した。
腕が、男に別れを告げて根本から飛んだ。ぷしゅうと噴き出た血が人々の上に降り注ぐ。
男の断末魔は止むことがなかった。
自らのみぞおちから下が、「断面」から血を噴出しながらも直立しているのを見上げても、その口から上がる絶叫は止まなかった。
どスリ
「ガッ………」
声帯と頭の中間を黒剣が穿ち、ゴボゴボと血を吐いて男は動かなくなった。
バラバラになった仲間を前に腰を抜かしたらしい男は、後退さろうとして手をガタガタと動かした。その手がビチャリと血まみれの「仲間の一部」に触れ、音程の外れた悲鳴が上がる。
「ひぎっ、あぁうぁあああああああああああああううううぃぎいああああああ!!!!」
まるで言葉を忘れてしまったかのようだ。
死神がいつの間にか正面にずしりと立っている。
彼は自分が叫んでいることにすら気付かずにナイフを振るった。
聴覚を圧迫する悲鳴が1つになった時点で、赤毛の男はふいと顔を上げた。
足元の男は、手の腱も足の腱も切って逃げられない。しかし、まだ充分生きていた。
首の後ろに寒気を感じると同時、赤毛の男は振り向きざま両手のナイフを交差させた。
————そこに黒い風が振り下ろされる!
3本の刃は噛み合ってがぢがぢと軋みを上げる。
「これは俺のモンだって言っただろォがよォ?」
ナイフ一本で迎え撃っていたらそんな細い鉄の棒一本、あっという間に折れていただろう。
黒い男は何も言わない。
瞬きもせずにその人外めいた目を開き、ぎちぎちと刃を押し進める。
「クク、クハッ!やるか処刑人、俺と殺るか死に神よォ!」
赤毛の顔中に狂笑が広がる。
押されているのは赤狗だ。獲物の大きさからしてそれは当然と言える。しかし、赤狗は———
嗤った。
とてもとても愉しそうに。
獲物が一匹増えた、そんな風に。
「彼ら」にとっては皆「同じ」なのだろう。
この世にある人間全て————「同じ」。
「彼ら」、二人にとっては。
「ハァハハァ、果たして旦那に声帯があんのか、確かめさせてもらおうじゃねェかヒヒハッ!」