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夢からの逃亡者

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かつての人間はいつも夢を見ていた。
 しかし俺、こと霧谷涼(きりや りょう)は夢を見ている。
 将来何々になりたいとか、そういう夢ではない。
 眠っている時に見る『夢』だ。
 希望もクソもない、ただの夢。
 俺の見ている夢を説明しよう。
 簡単に言うと人ではない何かが俺を殺しに来る夢だ。その殺しに来る連中から逃げる。俺が殺されればゲームオーバー。所謂、『死』だ。
 実に簡単で明確で正確な内容だ。
 俺が、奴らからどうやって逃げるとか、奴らがどうやって俺のことを殺すとかはこの際関係ない。何処からともなく湧いてくるのだから。ゴキブリのようにしぶとく。
だからこの夢で重要となってくるのは。
 そいつらが夢の中に入ってくるということ。侵入して人間を殺し、生気を食うこと。
 それは実にもう簡単に否応なく侵入してくる。プライバシーの保護も個人情報の保護も微塵に感じないくらい簡単に。
実に感歎で、感嘆だ。
だから俺達が展開する『逃亡者』と呼ばれる人間以外、夢を見ない。
夢を見たら人は死ぬから、抵抗する間もなく死ぬのだから。
生気を抜き取られた抜け殻へと変わりゆくのだから。
蝉の抜け殻よりも美しく、儚く、残酷な抜け殻へと。
だから人間は夢を見ない。
夢見る人間はいない。
夢を見ることを諦めた。

「うっ・・・・・・」
何回目の逃亡だ、と聞かれることはっきり答えられないくらいの逃亡を終え、俺は目覚めた。
ここで逃亡と表現しているのは決して、俺達が奴らと戦闘しているわけではないからだ。死という既成事実からの逃亡。夢を見ないことが出来ない俺たちの運命からの逃亡。奴ら―追跡者からの、逃亡
だから戦闘でも勝利でも何にでもなく、逃亡だ。
夢からの逃亡。
「今日も逃亡出来たのか?」
俺の向かいのソファーに腰掛ける二十代前半の青年、空条修也が言った。
「だから今、お前とこうしてるんだろ」
そして、今、俺に話しかけているということは修也も逃亡に成功したということだ。
俺達、逃亡者は怯えている。毎日毎日追ってくる追跡者に怯えているのだ。だから、皆二人一部屋の生活を送っている。俺の同居人が修也という訳だ。
結局は、追跡者から追われる俺たち逃亡者は、とある集落に集められ政府の補助を受け暮らしている。
要するに隔離、差別、そのようなところだ。
「なぁ、俺たちはいつまでこの夢に怯えて生きていけばいいんだろうな」
修也は顔を曇らせながら俺に言った。
夢とは、いつから怯えるものへと変わって行ったのだろう。
夢見ることは、いつから差別されるようになったのだろう。
「知らねぇよ。俺に聞くな。なんなら追跡者をとっ捕まえて聞き出せよ。いつになったら普通の夢を見せてくれるんですかってな」
「ははは、だよな」
テキトーな冗談で会話を流し、寝起きでぐしゃぐしゃになった髪を簡素な洗面所で整え、出掛ける準備をする。
出掛けると言っても、顔馴染みが生きているか確認するだけだ。
人の生死を確認することが日課。
残酷で冷徹で冷血で、あまりにも優しさで溢れた日課だ。
そんな日課に対し自嘲気味に微笑みながら、ドアノブを静かに回し外へと出る。
緑の香りが俺を包んだ。生命の香り、生命の温もり、生命の優しさ。
世界はこんなにも人間に優しいのに、何故俺たちは怯えるのだろうか。
その時、目の前に十代前半の女の子が一人で立っていた。
見ない顔だった。
ということは、この少女も逃亡者の仲間入りと言う訳だ。
「おはようございます」
少女はペコリとお辞儀をし挨拶をした。
それに対し俺は、おう、と軽い挨拶を返し知り合いの家へと向かおうとした。
「私、夢を見たんです」
少女が唐突に話を始めた。
「初めて夢というものを見ました。そしたらここに連れてこられました。夢を見ることはそんなに悪いことなのでしょうか?」
「人とは違うからな」
俺は、短く簡潔に答えた。
「なぜ人は夢を見る人を差別するんでしょうね。夢を見ることは人の夢でもあるのに」
確かにそうだ、と俺は思った。夢を夢見ることは、人の夢でもあるのだ。
 手が届きそうで届かない、儚い夢。俺達が見る夢とは似て非なる夢。
 「夢を見ることは何も悪いことではないと思います。確かに死ぬかもしれませんが、悪いことではありません。人間は皆、夢から逃げているだけです。何も行動を起こさず逃げているだけですよ」
 確かに俺達逃亡者は逃げているだけだ。だから逃亡者という名前なのだ。
 それこそ朝の冗談のように追跡者をとっ捕まえて聞き出せばいい。
 ただ、その勇気が俺たちにはないだけ。一歩を踏み出す勇気が俺たちにはないだけなのだ。少し勇気を出せばいい。一縷の希望に身を任せればいい。ただそれだけだ。
 なのに、俺にはそれが出来ない。死ぬのが怖いんだ。
 「それが出来れば皆やってるよ」
 「『たら』とか『れば』の話ではありませんよ。そんなこと言ってたら一生ここでくすぶっているだけです。行動を起こさなければ何も始まりません。もしそれで失敗してもいいじゃないですか。やらずに死ぬよりやって死んだ方が断然マシです」
 それは俺にも十分分かっていた。むしろ分かりすぎている。分かりすぎていて辛い。
 「だから夢から逃げずに、夢をつかみましょう。誰もが夢見た本当の夢を」
 そう。俺たちはいつまでも逃げてはいられない。逃げてるだけではいけない。
 ここでくすぶっているわけにはいかない。
 「ありがとな」
 俺は、少女にお礼を言った。
 夢を夢見る覚悟をくれた少女へと。
 「いいえ、わたしは本当のことを言っただけです」
 夢を見ることは何も悪くない、確かにそうだ。
 夢を見ることは差別されることではない。
 夢を夢見て、行動を起こさず死ぬのはごめんだ。
 夢を見ていない周りの人間より俺たちの方が断然マシだ。有意義だ。夢を見ることが出来るのだから。
 儚くてもいい、淡くても、消えそうでも、辛くても、有意義だ。



 ―夢を叶えることが出来るのだから。



 俺がそう思った朝だった。
 それは、俺が夢見た夢でもあったのだ。
作品名:夢からの逃亡者 作家名:たし