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怪盗×名探偵 短編集

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バランス・ゲーム(快新)



 彼なりの愛について、俺がどうこう言うつもりはない。考えはせよ、それを否定することは絶対にない。それが暗黙の了解としてそこにあったからだ。俺はその領域を侵すことを恐れ、嫌い、そしてなにより愛していた。それも俺なりの愛だということで、とりあえずのところ、決着はついているのだ。

 溶けるような暗闇から、やにわに現れた存在を否定せず、ただ隣に在る一つの個体として見届けようとする。その裏には燃えるような情念があることを知っていた。俺が何者かを知っている目を、俺に知られぬように向けてくる意図を思うと、唇の端がかすかに上がった。
 俺の背中に両眼があるとしよう。それはそれは隠しても無駄なことのように思える。彼に無駄などと言いたくはなかったが。
 ひとたび手を握ると、彼の表情は無に帰った。何も感じることのないように感情を閉ざそうとする。誰にも、何も与えない顔だ。
 目の前にある幸福をおざなりにしてまで得るものとはなんだろう。果たしてそんなものが本当に存在するのか。
 ――その問いかけは姿形を変え何度も繰り返され、彼が最も嫌う言葉のひとつだった。
 果たして、存在するのかどうかなどということは、愚問だ。とてつもなく。存在しないものに、彼は目を向けない。俺を目に入れることさえしなかったろう。
 彼が俺を必要でないことは知っていた。俺も彼が必要でないことは当然だった。その当然が必然でなかっただけだ。
 人を助けるためだけに存在するような推理や論理は持ち合わせておらず、彼の背後にあるものは常に正義だった。
 正義を掲げ、正義のために犯す罪をも、彼が咎めるのは一つ真実だけだ。正義という大義名分を、彼は嫌う。正義の後ろ盾を、見事に壊し、しかしその実彼の元には正義しか残らなかった。
 善悪での判断を嫌う彼が、必ずしも正義である必要はない。そのはずなのに世間は、真実はそれを許そうとしない。彼が探偵である限り、その輪廻は終わらない。
 彼はまともでなければいけないのだ。永遠に。
 あくまで正気で、あくまで清冽に。
 そのたび蒼眼がぐつぐつと煮えるような音がした。

「新一は頭おかしくなりたいのか?」
「別にそういうわけじゃねえよ。強制されるのが鬱陶しいだけだ」
「強制されたって、オメーは余裕綽々でどこにでも行っちまうイメージあるけど」
「そんなの所詮イメージだろ? お前に俺の考えはわかんねーよ、別の人間だからな」
 その点は同意致しかねるが。
 当たり前に俺を隣に置く彼が、まさか俺を信用していないなんて想像し難いのはわかってる。しかもそれを知られているなんて、決して知らないだろうこともわかってる。
 この関係は、簡単であるようで、簡単でない、そのようでやはり簡単だった。
 とても片道的なのだ。一方通行で、同じ方向を向いているせいで追いつけなければ、ぶつかる事もできない。接触不良を起こさない、端から見れば健全な関係だった。
 彼の、憂鬱さを隠さない表情は妙にうつくしい。目に入るもの全てが陰鬱で、なにもしたくない、なにも考えたくない、でも事件を追わないわけにはいかない。そんな目だ。
 彼の元に残されたものは両手で抱え切れないほどたくさんあるのに、それを全て愛しているのに、伝えようとしない理由も、彼なりの愛、というものに付随される。
「わかってくれる奴がいたとしても、うぜえって言うんだろ?」
「まあな」
「それじゃ新一の元には誰も残んないな」
「それでいいんだよ」
「俺もいなくていいの?」
「むしろいられたら困る」
 苛立ちの滲む声が、耳に届く。隣に置いているくせ、こういうことを平気で言うのだ。

 思うにやはり、彼の愛というのは、奇妙に屈折している。
 俺の謎をいつか暴きたいと思っているのに、決してそれをせずに傍に置いておくだけで、時に悪態をつき時に慰め、そこで安寧を謀ろうと画策している。自分が動けば誰かが傷つくことを知っているからこそ、傷ついて欲しくない人間を徹底的に避けて通っている。
 そういうことだ。
 俺なんて、いくら傷ついてもいいのだ。彼の判断の中では。
「じゃあいつ俺を追い出すんだよ」
「お前が出ていきたくなるまで」
「……死ぬまで一緒に居たいって言ったらどうすんだよ」
「そんなの、俺がさせねえよ」
 くく、と喉元から声が漏れて、笑い声にしては物騒に聞こえた。そうして最後には一人で死ぬのかもしれない。
 俺は、新一の、他人の為にある愛の形を、恐れ、嫌い、なにより愛していた。
 新一はもう、新一に興味を持たない。その存在は確かにそこに在り、そこにしか居ないのに、一切の関心が無くなっている。それでも、新一はあくまで正気で、あくまで清冽で、一つの間違いも犯さない。正義だから。
 俺が消えたら最後なのだろう。
 しかし俺も、新一が新一で在り続ける以上、不可視される未来さえ隣にいることを、望んでいるに違いない。
 新一の切り札は俺の切り札でもあった。新一が居る以上俺は動けないが、俺が動かない以上新一の望みは叶わない。


 だから俺は、俺をそうさせんとする新一の、愛の形を愛している。
 それも俺なりの愛だということで、とりあえずのところ、決着はついているのだ。


作品名:怪盗×名探偵 短編集 作家名:knm/lily