オレンジ色-第三章-
理由
数日が経ち、悠一はまた教室で一人で掃除をしていた。今日はいい天気でこの天気はしばらく続くらしい。素晴らしい夕焼け空が広がりそうだった。箒を片手にちりとりを片手に持ち集めた埃を集めた。持ち手の長い箒は使いづらく中々ちりとりに埃は取れなかった。手伝う人はいない。時間をかけてやるしかなかった。
と、そこに、
「悠一君！」と高い声が教室に響いた。あわてて廊下側を振り返った。そこには見覚えのある女子生徒。莉奈だった。あの日部活に誘われて以来の再会だった。出会いと同じシチュエーション。なぜだか笑いがこみ上げてきた。
教室の前側の黒板の左隅に二人はいた。悠一は箒を持ち、莉奈はちりとりを持って掃除をしていた。一人では中々上手くいかない埃をちりとりに取る作業も二人なら難なくやることができるはずだった。莉奈がかがんで床にちりとりを置いて、箒で集めるのを待っている。しかし、床を見ると莉奈の短いスカートが気になってしまう。箒を掃くのに集中しようとするが、一度見てしまうと気になってしょうがなかった。
「悠一君？どうかした？」その声で悠一は今すべきことは悶々とすることではないことを思い出した。気を取り直して箒を動かす。下を見ると、ちりとりに大分埃を取ることができた。一通り取り終えると、莉奈は立ち上がり、教室内をきょろきょろして、黒板の右端近くにあったごみ箱へ向かって行った。そして、ごみ箱にざっ、と音をたて、埃を捨てる。振り返って莉奈は悠一の元へ戻ってきた。
「こんなものかな？」そう言って、掃除を終わらせると同時に、「じゃあ行こっか。」と言った。どこかに莉奈と行く予定というのはなかったはずだと悠一は思った。そのため、
「どこへ？」と聞いた。すると莉奈は、忘れてたと少し焦った感じで小さくつぶやき、
「えっとね。今日は夕方部の活動の日なんだ。行ける…かな？」と言った。その言葉で、悠一は自分が夕方部の一員になったことを思い出した。あの日以来、莉奈とも会っていなかったのですっかり忘れていた。今日はこれから特に予定はなかったので、
「うん大丈夫だよ。」と答えた。そして、二人は掃除用具を入れてあるロッカーに箒とちりとりをしまい、帰り支度を始める。机の上に置いてあったカバンを肩にかけ、後ろの扉から出る直前、「そういえば、どこに行くの？」と聞く。莉奈は嬉しそうにして、
「歩道橋だよ。もうみんな着いてるかもね。」
と言った。了解した悠一は二人で教室を出て右に曲がり、廊下を歩いて行った。そういえば、夕方部のことは忘れていたのに莉奈のことを忘れなかったのはなぜだろうと考える悠一がいた。
空には雲ひとつなくオレンジ色が広がっていた。緩やかな坂の続く国道。道幅は広く片側二車線。歩道も広くとられていた。横断歩道は見えない。人通りが少ないため点々としか存在しない。そして、目の前には歩道橋が見える。この町唯一の歩道橋だった。
悠一と莉奈はその歩道橋へ向かって並んで歩いていた。並んで歩いても他の通行人には迷惑をかけることはないくらい広い歩道。もとより、歩いている人はまばらだった。
「あ、もうみんな来てる。」と莉奈は、歩道橋の上に立つ人影を見て言った。逆光で顔まではわからないが、三、四人が歩道橋の上に立っていた。「急ご。」と小さく言って二人は歩道橋に向かって小走りで向かった。後ろには長く影ができていた。
歩道橋に上った。オレンジ色の空が更に広がった。来た道を見ると広い道路は車はまばらで少し目線を逸らすと家々が少し夕焼けに染まってノスタルジックな光景を作っていた。上り坂の方角を見ると、山際に太陽が沈もうとしていた。太陽が低くなるにつれて山の影が広がっていき、夜の到来を告げるのだろう。意図的に見ないと気付かないような光景だった。
「やぁ。」と軽く挨拶したのは部長である俊介。それに続いて、他の面々が軽く手であげ挨拶をする。莉奈も簡単に首を軽く振り挨拶。まだ、雰囲気に慣れない悠一は頭を下げ、軽く礼をして挨拶をした。
「そんな上下関係気にしないでいいよ。そういうのが嫌いで自然と集まったようなメンバーだから。」と俊介が返答した。悠一は優しい人たちで良かったと思いつつも、その言葉の意味が気になってしまった。
夕方部の活動は歩道橋から一番星を探す活動だ。探すタイミングは濃紺の夜空とオレンジ色が混在し始めた時が狙いどき。夜空がオレンジ色以上包んでしまったらそれは時間切れ。見えるときには何個もの星が広がっている。夕方部の面々はその僅かな時間の僅かな可能性を求め活動してきた。
今日は悠一も一緒になり星探しに参加をしている。それまではメンバー同士会話に華をさかせていた。久々に学校の生徒と話す悠一はやはり気を使いながらも話しをしていた。そのたびに部員の人から茶化されながらも充実した時間を過ごした。ふと、悠一はこの会話の輪に入っていないことが気になった。こうやって誰かと話せるようになったのは莉奈のおかげだったのだ。部員との話を中断させて左右を見渡す。話をしていて気付かなかったが、歩道橋の奥―反対車線側―に莉奈は部長と両腕を手すりに乗せて話をしていた。悠一は話をしようと莉奈と俊介のいる方へ歩いて行った。
「あ、悠一君。」先に莉奈に話しかけられた。それに気づいて俊介も振り返る。悠一は先に話しかけるつもりだったので、
「あーっと…。」と言葉を詰まらせてしまった。が、タイミングはここしかないと思ったのか、
「あのさ、誘ってくれてありがとう。こんなに楽しく話せたの久しぶり…いや初めてかな？」と口に出した。莉奈は満面の笑みを浮かべて、
「そう言われると嬉しいな！」と嬉しそうに言った。隣では俊介も笑顔をしている。そう言った矢先、ふと表情を変えて小さな声で
「ほおっておけなかったし…」とつぶやいた。莉奈はひとり言のように言ったつもりだったが、その言葉は悠一の耳に届いてしまった。
「…ねぇ、ほおっておけないってどういうこと？…それって部長の言ってた言葉と関係があるの？」
悠一の言葉は空に消えていった。それくらい、莉奈と俊介は黙り込んでしまった。悠一の眼はいつもとは違い真剣な眼差しだった。その眼は、真実を教えてくれと二人に訴えていた。
いつかは知るべきことが、こんなにも早く来るなんてと、莉奈は自らが行ったことを後悔した。たとえ、悠一が傷つくことになっても、真実を告げることにより成長してくれるのなら、言う価値はあるのだろう。莉奈は腹をくくり、真剣な眼をした。隣にいる俊介の方に顔を向けた。俊介と目が合う。俊介は莉奈の目に気付いて更に真剣な顔をした。莉奈はそれを確認して小さく首を頷かせた。そして、意を決して悠一の方を振り向き、口を開いた。
続く…
作品名：オレンジ色-第三章- 作家名：こめっち