涙
「どうして、僕にそんなに優しくしてくれるんですか?」
丸い、大きなくりくりっとした瞳で、上目遣いに俺を見ながら、その後輩は言った。
「どうして、って」
俺は口ごもる。
「先輩は、いつも僕を助けてくれます。感謝しているんです」
「ああ……」
俺は目をそらし、意味もなく頭を掻く。
「別に、理由なんてねーよ」
「そうなんですか?」
後輩は、不思議そうに首をかしげた。
桂井真冬(まふゆ)が死んだのは、去年の年の暮れだった。風邪をこじらせたとか何とかで、心配して見舞いに馳せ参じた俺を、彼女が笑った、その一週間後だった。
「真冬は、生前貴方の話をよくしておりました。仲良くしてくださったのでしょう、有難う御座います……」
真冬の母親が、俯きながらそう言って、涙を落としたのを覚えている。そして、その母親の後ろで、同じように俯いて涙を流している男の子がいた。弟、だろう。彼は、真冬と同じ、明るい茶髪の持ち主だった。畳を見つめる彼の目が、真冬に生き写しだということに、すぐ気がついた。
「ああ、……真冬の弟の、海空(みそら)です。海空、ご挨拶なさい」
俺の視線に気がついた母親に呼ばれて、その子は心ここにあらずといった風情で、俺に頭を下げた。俺のことなど、ろくに見てもいない。
桂井海空。彼はそのとき、高校三年生だった。そして俺は、大学一年生。
真冬と俺は、高校の頃からの友達で、大学生になってからは、どちらが言い出すでもなく、自然と「付き合う」、という関係になっていた。彼女と俺は不思議と馬が合い、いつも一緒にいても、ストレスなど感じずにいられた。
俺は、真冬が俺の名を呼ぶ、その声が好きだった。透明で、純真で、美しい、そういう声で俺の名を呼ばれるのが。それなのに。
それなのに、彼女は死んでしまった。
『ただの風邪だよ。そんなに心配してくれなくても大丈夫』
そう、言っていたのに。
それを思い出し、俺は、真冬の母親と弟の前で、泣き崩れた。
丸い、大きなくりくりっとした瞳で、上目遣いに俺を見ながら、その後輩は言った。
「どうして、って」
俺は口ごもる。
「先輩は、いつも僕を助けてくれます。感謝しているんです」
「ああ……」
俺は目をそらし、意味もなく頭を掻く。
「別に、理由なんてねーよ」
「そうなんですか?」
後輩は、不思議そうに首をかしげた。
桂井真冬(まふゆ)が死んだのは、去年の年の暮れだった。風邪をこじらせたとか何とかで、心配して見舞いに馳せ参じた俺を、彼女が笑った、その一週間後だった。
「真冬は、生前貴方の話をよくしておりました。仲良くしてくださったのでしょう、有難う御座います……」
真冬の母親が、俯きながらそう言って、涙を落としたのを覚えている。そして、その母親の後ろで、同じように俯いて涙を流している男の子がいた。弟、だろう。彼は、真冬と同じ、明るい茶髪の持ち主だった。畳を見つめる彼の目が、真冬に生き写しだということに、すぐ気がついた。
「ああ、……真冬の弟の、海空(みそら)です。海空、ご挨拶なさい」
俺の視線に気がついた母親に呼ばれて、その子は心ここにあらずといった風情で、俺に頭を下げた。俺のことなど、ろくに見てもいない。
桂井海空。彼はそのとき、高校三年生だった。そして俺は、大学一年生。
真冬と俺は、高校の頃からの友達で、大学生になってからは、どちらが言い出すでもなく、自然と「付き合う」、という関係になっていた。彼女と俺は不思議と馬が合い、いつも一緒にいても、ストレスなど感じずにいられた。
俺は、真冬が俺の名を呼ぶ、その声が好きだった。透明で、純真で、美しい、そういう声で俺の名を呼ばれるのが。それなのに。
それなのに、彼女は死んでしまった。
『ただの風邪だよ。そんなに心配してくれなくても大丈夫』
そう、言っていたのに。
それを思い出し、俺は、真冬の母親と弟の前で、泣き崩れた。