失恋トマト
「……そうしたら、また恋をしたいな」
そう夢見るように微笑むと、もう彼女はいつも通りだった。
私はほっとして、やっぱりマイペースな彼女も失恋には堪えているのかもしれない、と認識を改めた。いくら私があまり気に入っていなかった男でも、彼女にとっては確かに恋した相手なのだろうから。
「でも、どうやってトマトを食べよう。そのままだと飽きるかな。加熱はしたくないけど、ジュースにするのもいいな。一息に飲めるし」
彼女はそう言いながら、トマトの調理法について考え始めた。
そういえば、高校の時から彼女は恋とは無縁だったから、随分前に恋人が出来たと聞いて驚いたものだった。だからきっと、別れたり、割り切ったりすることに慣れていないのだろう。彼女の言う話はあまりにも突拍子もない想像だけれど、これは彼女の昔からの悪い癖だし、これで彼女が恋を乗り越えられるのなら、そして笑っていられるならいいのだろう。
そう思いながら彼女を見つめると、彼女は熱心にトマトの食べ方について考えているようだった。私は呆れて溜息をつき、グラスを持って立ち上がった。溶けかけの氷が、僅かに残った林檎ジュースの中でからりと鳴った。それを流しに捨てて、水を入れなおして口をつける。
ふと窓から庭を見た。平らな花壇の隅に一つだけ大きな土の山が出来ていた。ちょうど男性一人分ぐらいの土だろうか。そのすぐ横には掘られたような跡が残っていて、土の色がどこか黒かったが、埋め戻されたようで平らだった。大きな土の山はそこから掘り出された土のようだったが、あれだけの土を掘って、どうして穴が空いていないのだろう。埋め戻したのならどうしてあの土の山は残っているのだろう。
「ねえ」
「なあに?」
「……嘘、なんだよね?」
「ふふ」
彼女は上機嫌でチラシを眺めている。細い指先はすっと紙の上のトマトをなぞった。
写真の中の赤いトマトは目が眩みそうな程、真っ赤な色をしている。そして、その上にある彼女の白い爪には黒ずんだ土が挟まっている。