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動物の王国~エド、初めての諜報活動~

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その5


セリムの話はこうだ。
一年前、実は観光客に混じって、こっそりとブラッドレイ親子はお忍びでアメストリス王国にやってきていたのだ。
ブラッドレイはホーエンハイム御自慢の愛息子を観に、セリムはただ花祭りの観光に何気なく。まったく油断も隙もないとはこの事。
そして、ちょうどその日は年に一度のイベント「花祭り」の最終日で、盛り上がりも最高潮に達していた。
そんな人々の歓喜の中、パレードの中心で色とりどりの花々で彩られた輿に乗っていたのが、この国の第一王子エドワードだ。
以前は王国中から一人だけ「花役」が選ばれていたのだが、エドワードが物心付いた頃から、毎年「花役」にはエドワードが選ばれ、最早それが習慣になっていた。
エドワード以上に「花役」に相応しい子供はもちろん、娘さえいない。毎年花役を務める第一王子エドワードは、王国と国民の誇りなのだ。
その年の花冠を頭に頂き、花々が散りばめられた純白のストールを身にまとい、黄金の髪と色彩豊かな花冠がこれいじょうない程に輝き合う眩い姿に、国民はもちろん観光客のすべてが彼に釘付け。

そう、【すべて】の人々が釘付けなのだ。それは、この親子とて例外ではない。
「おぉ、…なんと素晴らしいのだ…」
「わぁ……まるで、花の妖精さんだ…」

二人して、感嘆の声を上げていた。

「ふふ、一目惚れなんだ♪」
「ぴ、ぴぃ」 訳)そ、そう

まさか、特別VIPな親子がお忍びで来ていたなんて、エドワードは驚きのあまり相槌を打つのがやっとだ。
やっとなのに、セリムの話はまだまだ続くよどこまでも。

帰国後、セリムはお父様に一生事の相談というか、お願い事をした。

「お父様! ぼくエドワードさんをお嫁さんにしたい! ホーエンハイム王に申し込んで!」
「ははは、それは無理だよ、セリム」

この自分に甘く溺愛している父親が、未だかつて願いを聞き入れてくれなかった事などない。ないのに、今回は即答で無理だと言う。

「えっ、どうしてなんですか!?」
「エドワード君はセリムの新しいお母さんになるからだよ」
「へ???」
「私の後妻に迎える」

なんだか、とんでもない事を聞いたような気がするのはセリムの気のせいではない。実はブラッドレイは妻に先立たれて五年になる。後妻を迎えても不思議ではないのだが、問題はその相手だ。

「……お父様、エドワードさんと幾つ離れているかご存知ですよね?」
「なに、愛に年の差など関係ない」
「ぼくの方が釣り合いがとれていますよ」
「いやいや、エドワード君には頼りになる年上の男性の方が良い」
「お父様には可愛い息子嫁を見せてあげたいな」
「若くて可愛いお母さんは、さぞかし参観日ではセリムの自慢になるだろう」
「お義父様vってエドワードさんに呼ばれる……なんて嬉しい響きですよね、お父様」
「ははは。私は【あ・な・た】の方が好みだな。うんうんv」

一歩も譲らない。流石は親子。
双方、エドワードと結婚する気満々だ。

でもエドワードは男の子で、キング王国には同姓婚の法律はない。ないけど、「私がこの国の法だ」こう断言するブラッドレイなら、私事で法律改正をやりかねない。
しかも抜け目無く、公的に有益だと豪語するに違いない。
アメストリス王国は、小国ではあるが豊かでしかも謎の多い国だ。そんな国との婚姻関係は、キング王国にとっても実りある政略結婚になるはず。だと。
実りはあるはエドワードは可愛いは。まさしく一石二鳥で万々歳!

「でも、お父様となんて無理があるよね~ぴよちゃん」

あるよね~、なんて聞かれても困る。
っていうか、本人そっちのけで勝手に盛り上がっているんじゃねえよ。

頭痛がしてきて、もはやエドワードは相槌すら打てない。でもその頭痛すら吹っ飛ぶ話がまだこの先にあったのだ。

「実は早速ホーエンハイム王に親書をしたためたのだが、速達で許婚がいるからと断られてしまってね」
「えっ、エドワードさんに許婚が!?」
「そうなのだ。まったく忌々しき事だ」
ふぅと大きく殊更わざとらしくブラッドレイは溜息を付く。
「ほら、エドワード君の輿を守るように騎馬隊が付いていたであろう」
「えぇ」
「その中で一騎だけ白馬に乗った者がいたのを覚えているかな」
「えぇ、覚えていますよ」

まだ幼いセリムの眉間にしわが寄る。あまりに不似合いだが、本人は更に嫌なものでも見てしまったような表情をする。

「確かにいましたね。一人だけ、まるで白馬の王子様だといわんばかりの男が……まさか?」
「そうだ。そのまさかだよ、セリム」

あのイケスカナイ色男がエドワード君の許婚、ロイ・マスタング公爵だ。

言ってしまったブラッドレイも聞いてしまったセリムも、苦虫を潰したような顔になる。

ロイ・マスタング。
このアメストリス随一の色男の名前を知らない者はいない。殊に、近隣諸国の男性達には毛虫のように嫌悪されている名前なのだ。
王族の血筋で眉目秀麗にして、色恋沙汰に噂が絶えることはなく、泣かした女は数知れず。だがそれ以上に。
国境を越え恋人を妻を想い人を、取られ奪われ泣いた男は数知れない。

実際のところ、別にロイが取ったり奪ったりしていた訳ではないのだが、女性の方が熱を上げてしまってロイに夢中になるのだから仕方が無い。
しかもロイは天性のフェミニスト。女性の扱いにかけては天下一品で守備範囲も広大だ。はっきり云って性別が【♀】ならすべてが対象。誤解をされてもしょうがない言動をくりかえす。
本人曰く、「恋愛ではなく遊びでもない。女性に対するマナーだ」なんて言っているから、また始末に負えない。
こんな許婚にエドワードがやきもきしていたのは言うまでもない。
でも、ようやく誓ってくれたのだ。

『この剣にかけて、君だけを―――』

それは、湖の畔での神聖な二人だけの誓い。

「ぴぃ~~vv」 訳)ろぃ~~vv

あの誓いの日を思い出し、エドワードはセリムの事を忘れてうっとりとしてしまう。
でも、この親子の恐ろしさをこの後すぐ、エドワードは思い知る事になる。

「でもね、ぴよちゃん。もうすぐエドワードさんは僕の婚約者になるんだよ」
「ぴよ!?」 訳)なんで!?

あの時、ブラッドレイはこう話を続けたのだ。

「それにしてもだ―――」
「はい?」
「許婚が突然、不慮の事故で亡くなったら……さぞかしエドワード君は嘆き悲しむ事になるだろうな」
「―――その時は、僕がエドワードさんをお慰めしますよ」
「いやいや、まだ若いセリムには荷が重いだろう。ここは、やはり私の役目だな」

父と子の黒い目がきらりんと、光った瞬間だった。

「ぴいぃぃぃ~!!」 訳)なにいぃぃぃぃ~~!!

不慮の事故って、不慮の事故って何!!
それってもしかしなくても暗殺!? ロイを暗殺するっていうのか! 
冗談じゃねえ! そんな事させるもんかっ!


エドワードが初めて知り得たA級な極秘情報は―――恋人(ロイ・マスタング公爵)の暗殺計画だった。