オレンジ色-第一章-
出会い
一日の授業も終わって掃除の時間になっていた。教室には悠一一人だけ。通常、掃除は班のメンバー全員でやる。班のメンバーは他にも五人いる。全員男子だ。悠一が何も言わないし、掃除をサボっても悠一がやると分かっているから帰ってしまったのだ。
「はぁ。」悠一は、ため息も吐きつつも、箒を短く持ち、ちりとりで埃を取る。それを黒板横にある燃えるゴミに捨てた。廊下側を向くと楽しく喋りながら帰る女子が教室前を通り過ぎていく。何で自分だけがこんな役回りなのだろう。どうして言いたいことも言えないんだろう。そう思ったらなんだかイライラしてきた。掃除をサボった班の人にも、自分にもだ。
悠一はもう一度廊下側を向いた。誰もいない。それを確認すると、感情に任せたまま手に持っていた箒を強く握り直して、床に叩きつけた。バシッと高い音が教室中に響いた。
「何やってんだろ…僕。」
床に叩きつけた箒を取ろうと中腰になり、ゆっくりと手を伸ばした。その時、
「あのー。」
聞き覚えのない声が響いた。教室には悠一しかいない。あわてて箒を自分の手の元に戻した。
「あのーっ…。」
それほど身長の高くない女の子だった。髪は肩より少し長い。その長さは校則ぎりぎりだ。だけど、不精で伸ばしている感じはなく、きちんとその長さを保つように整えられている。それは、黒髪の艶の感じからわかる。よく見ると、スカートの長さもかなり短い。グレーのチェックのスカートは着ているカーディガンのせいで裾のあたりしか見えない。そして、きれいな足がすらりと伸びていた。
恥ずかしくなってきたので、顔の方に目線を戻した。通りすがりに振り向いてしまいそうなとても可愛らしい顔立ちをしている。何となく、要領よく立ち回っているような感じがした。
「あのーっ…。」
はっとした。その声は悠一に向けられているということを思い出した。
「あっ…えっと…僕に何か?」
あまり女の子との会話はしたことがないのでどう話せばいいかわからなかった。
「今、大きな音がしたんだけど…君?」
聞かれていたのかと思うと恥ずかしかったし、どきっとした。Yシャツが一気に湿っぽくなる。冷や汗をかき始めているんだ。言葉に詰まっている悠一。それを察してか、向こうから、
「あ、そのうるさいとかって責めてるわけじゃなくて。何の音だろうって教室を覗いてみたら君が一人でいたから…気になって。」
正直、彼女の言っていることはよくわからなかった。僕のことが気になるなんて思う人と出会ったことがなかったため、しばしの間呆けてしまった。しかし、彼女の表情は、純粋というか、罪の意識はなさそうな眼をしていた。…罰ゲームとかではなさそうだ。逆に、何故なのかわからなくなってしまった。
教室に二人が真ん中で向かい合って沈黙状態が続いていた。が、その沈黙に耐えられなくなった彼女が、
「あ、あのさっ、どうして一人で掃除をしてるのかな?日直か何か?」
彼女の言葉は決して嫌がらせの様な言葉ではなかった。純粋に悠一が掃除をしているのを気にして、心配して聞いてくれたのだと思う。その眼は「心配だよ」と言っているかのよう。…というよりも、もう状況は察しられている気がした。理由を聞きたい、力になりたい。そんな力が込められている。彼女の眼と、しんとした教室。なぜだか追い込まれた気になった。
「えっと…班のメンバーには無視されているんだ。」
下手にごまかしても無駄だと思ったので、悠一は理由を話した。すると、彼女は口に左手を当てて考え事を始めた。ぶつぶつと何かしゃべっているのが手の隙間から見える口の動きでわかる。
「あの…歩道橋の一番星の話は信じてる?」
彼女は唐突にそう切り出した。あまりにも筋違いの質問だったので、
「えっ?」と悠一は聞き返してしまった。彼女自身もあまりにも彼女自身もその状況を把握してか、「えっと…」とフォローをしようとしている。ただ、言葉に詰まっているみたいだった。
彼女の少し困った顔も可愛らしかったけれど、困らせるのは嫌だったので、悠一は少し考えて答えを出した。
「うん。一度でも見れたらいいなって思ってる。」そう答えた。朝に聞いた女子の会話の影響ではなく、純粋に見てみたいと思っていた。本当に願いが叶わなくても、何かを変えられるきっかけになるように思っていた。その答えに彼女は眼をきらきらさせて、
「本当!じゃ、じゃあ君に会わせたい人がいるんだ!今から、暇?」一気に彼女のテンションが変わった。これが彼女の素なのだろう。悠一は少しその勢いに押されながらも、「あ、うん。」と答えていた。
「じゃあさ、今からちょっといいかな?」
といって、彼女は悠一を急かした。彼女は強引だった。
続く…
作品名:オレンジ色-第一章- 作家名:こめっち