くうをきる
ただ私に巡ってこなかっただけなのだと、それでも割り切れなかった1時間前の私のせいで、泣き腫らした目の回りが熱い。空は夕焼けに染まっていやに赤く、生温い風が心地好い。人知れず一人泣いた私の心は、今に至って不思議と落ち着いていて、頭は緩やかに、思考はしないが景色を的確に描写する。意識は明瞭。呼吸は正常で、鼻歌を歌いながら、足と手の指はそれぞれ違うリズムを刻んでいる。昔よくやった、白線だけを踏む、石を蹴りながら道路を歩く。意味なんてなくとも、気分なら悪くない。
ふと、踏切で足止めを食らう。警報音が辺りを埋め尽くす。渡るはずの先を見やると、見慣れた背中が、一瞬だけ振り向いて、遠ざかっていく。
大声を出す? 呼び止める? ———いいや、まさか。
大仰な車輪の音に合わせて、風が大きく吹く。頭の中は真っ白に、過ぎ去る電車を見送ったあとで、影はもうなかった。
私は右手の平をその背中に向けた。風が凪いだ。さよなら、でも、また明日、でもない、口走った言葉は、私も知らない。