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王子と伴侶のとあるゴールデンウィーク

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「コイ、ノボリ?」
 シヴァがたまたま人間界出張に深雪を連れ出したとき、そこは初夏・五月だった。
 あちらこちらに風にたなびく魚の形の吹流しを見て、シヴァが深雪に問いかけたのだ。「そう、鯉のぼり。魚の形をした吹流しのことだよ」
 とある街中の商店街を歩きながら、上から吊るされた鯉のぼりを眺めて深雪が頷く。
「なにか意味があるのか?」
「だいぶ簡略して、子供の健やかな成長を願う、って感じ。魔界にはそんなのないの?」 ゆらゆらと頭上でゆれる鯉のぼりを眺めて、深雪が問いかける。
シヴァは軽く首を傾げて考えるように視線を上向けた。
「ないわけではないが……こちらは戴剣式というものがあるな」
「なに、そのタイケンシキって」
 聞きなれない言葉に深雪が眉を潜める。
「子供が初めて剣を持つことが許される日だ」
「……魔界って時々堅苦しいよね」
「そうか?」
 辟易とした様子で告げた深雪に、シヴァがまたわからないと言うように首を傾げた。
 なによりも、魔界でイベントがある際は、たいてい王族がかかわっているので、シヴァが多忙になる。
 すると、深雪はその間おとなしく待っていなければならない、という図式が成立するのだ。
 いつぞやのお正月もそうだった。
 深雪はそれを思い出し、軽くむにゅっと唇を尖らせて、商店街の石畳を歩く。
「深雪も、幼い頃はあれを飾ったのか?」
 興味があるといった風情でシヴァが問いかけるのに、深雪は今度こそ眉間に皺を深く刻む。
「……おれは、どっちかって言うと」
 言いにくそうに視線を逸らしてから、諦めたように息を吐いた。
 このままここで逃げても、夜の食事がしつこくなるだけだ。
「女の子に間違えられるくらいとても可愛かったので、振袖着せられたり、スカート穿かされたり、した」
 幼い頃を思い出したのか、『だから女装は嫌い』と半目で告げる深雪に、きらりん☆ とシヴァの目が光る。
「そうか、じゃあ深雪。行こうか」
 きゅっと手を強く引かれて、思わず深雪の体が傾ぐ。
「ちょ、ちょ……まっ、どこ行くの?」
 今日の予定は、これから宿泊用のホテルに行って。
 シヴァはその後所用を済ませ、深雪はその間、久しぶりに人間界を出歩こうということになっていた。
 なのに、そんな深雪の問いかけはなんのその。もうシヴァに指先は一つの店をさしている。

【呉 服 店】

 そう書かれた看板を見て、深雪は眉を寄せた。
 あまり人間界に詳しくない魔界の王子様。
 それなのに、どうして指をさしたその店が、着物を作るために非常に関わりの深いところだと知っているのか。
「フリソデとは、ユカタとよく似たものなのだろう?」
 脱がせやすい、手を入れやすいと大変お気に入りの寝間着を思い出したのか、シヴァがうっとりしながらそう告げた。
「もう、やだ、この人!」


 果たして。
 その日の夜の王子様の食事に、振袖は間に合ったのかとか、伴侶殿は振袖で美味しくいただかれてしまったのか、とか。 
 それはまた別のお話。  
【了】