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ささいな誤解とエトセトラ。

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5.








そして話は冒頭に至るのだ。

ツナは困っていた。
意味がわからなかった。
すごくシュールなギャグの可能性もあるが、それにしては山本は真剣な顔をしている。
情報を処理する頭の中の機能が、リミットを越えたみたいに停止していた。
山本が、「おーい、ツナ聞こえてるかー?」と、ツナの目の前で手を振っている。
返事しなければならない。聞こえている、と。
しかし受けた衝撃のために、頭がマヒしてしまって、働かないのだ。
(……あ、そーか夢だコレ、ははは、そーだ夢だ夢、だからもー深く考えるのはやめよー…)
現実逃避はツナの得意分野だった。ダメツナとして過ごした長い期間が、ツナの後ろ向きな投げやりさをギネスブック級に鍛え上げてくれた。そのため、ツナは、慣れ親しんだ手法に飛びつこうとしたのだった、が。
「ぎゃー! なにやってんの山本ー!?」
そうは問屋がおろさなかった。
山本が初々しくツナの手を握って、「なんか照れるなー」と爽やかに笑ったからである。
山本の手は大きい。ツナに比べたら、ということもあるが、そもそも身体も大きいし、運動などをしているので、骨ばった大きな、男らしい手である。
その手のぬくもりにそっとツナの手は包まれていた。
ラベンダー色の日暮れに包まれた川原で、学校帰りの制服姿の二人が、恥ずかしそうに手を取り合う。ちょっとステキなシーンだ。山本武親衛隊の女子なら、今ごろ幸せすぎて溶けてしまっているかもしれない。
しかしツナは山本武親衛隊の女子ではなかったので、わなわなと震えながら絶叫した。
「落ち着いて山本ぉー!」
「え、ツナ、いや?」
「いやってゆうかさー!」
「オレが嫌い?」
「きききききき嫌いじゃないけど」
「じゃあ好きなんだよな?」
「そりゃあ好きか嫌いかと言えば、とか、ゆってる場合じゃなくてー!」
なんかこう、ものすごく少女まんがちっくな会話の展開であることに気がついて、ツナはあせった。
流されてはいけない。
ツナには責任があるのだ。
この事態を招いたのは、ひとつにはツナのせいなのだ。
「や、山本、聞いて! オレ、山本に謝ることがあるんだ!」
ロマンチックな場所で、山本と向かい合い、ロマンチックに手を握られている、というロマンチックな現実から目をそむけようとして、かたくまぶたを閉じてあとずさろうとしたのが悪かった。
土手の傾斜がおもったより急だったのだ。運動神経がほぼ死滅気味のツナは、大きくぐらついた。
気がついたときには、ツナは山本に抱きとめられていた。頬に当たるのは、野球少年らしくしっかりしてあたたかい、山本の胸板。そして肩に回されているのは山本の腕だ。
抱き合っている。これはフツーに抱き合っている。
「ツナ……」
頭の上の山本の声が真剣味を帯び、腕に力がこもった。
「……迷惑か? オレ今まで野球ばっかやってたから、こんな気持ちになったの初めてで、どうしたらいーかわかんねーんだ」
ああどうしよう。
絶望的だ。
(オレが悪いんだ、ちゃんと言わなかったから!)

いっそ本当に女の子だったなら、結果として山本をだますよーな形にならずにすんだのだ。ツナは自分の性別を呪った。こんな告白を聞いたうえで、実は男だと告げたりしたら、どれほど山本は傷つくだろうか。いまからでもとりあえず女になれないだろうか。
しかし、即座の性転換は明らかにむりだった。
ツナは親友への申し訳なさに、半泣きで叫んだ。
「ごめん、ごめん山本! ほんとーにごめん!」
「ツナ、オレじゃダメなのか?」
「そーゆーことじゃないんだ!」
「他に好きなやつが…?」
「だからそういうことじゃないんだってー!」
「もしかして、親御さんのカタキを取るまでは、恋愛禁止?」
「ちーがーうーんーだー! 山本、山本、オレは!」
ツナは、山本に抱きしめられたままで、がばりと頭を下げた。ごん、と山本の胸に額がぶつかったので、慌てて顔を上げ、山本の顔を見つめて訴えた。
「女じゃないんだ! あのとき女物の服着てたのは、母さんに頼まれて、仕立て直しの手伝いしてただけなんだ! 恥ずかしくてなかなか言えなくてごめん、オレ正真正銘男なんだ! だから山本の気持ちは、山本、勘違いしてんだよ! 意外な話聞いてびっくりしすぎて、勘違いしちゃったんだよ!」