◆翡翠に萌ゆる
「ハル?」
雨は夜明けと共に上がったそうだ。今は水滴が葉から地面へと伝い落ちている。雲から晴れ間も出てきた。
健やかな朝が来た、と、どこかで擦り切れた音が流れている。
少し大きな水たまりを越した時、角を曲がってくる、見慣れたような、それでいて懐かしい顔を見つけた。
近所に住んでいる、ひとつ下の宇佐悠(うさ はるか)。小さい頃から長い間共に過ごしたけれど、思春期の思想ゆえか、年を重ねるごとに疎遠になっていった。
同じ高校に進学したとは聞いていたが、中学卒業後に面と向かって会うのは、これが初めてであった。
特に避けていた訳ではないのだが、お互いに、なんとなく気まずく、遠目に見ても挨拶する事はなかった。
悠だけではなく、二つの影が揺らいだ。同学年の友人だろうか。二人は無邪気に笑いながら、理都の斜め前を通る。
向こうも自分の存在に気付いたのか、笑顔を崩さずそのまま大きく腕を上げた。
「九重先輩、久しぶりですね。」
駆け寄る事はせず、じゃあ、と今度は控えめに手を振った。
少し、なんと声を掛けられるのか、期待していた。
「…年とったな、俺も。」
実際は、期待していたものと違ったけど、思ったよりもショックを受けていないようだ。
久しぶりに聞いた声。あの頃と何も変わらなかった。
思わず小さい頃の愛称で呼んだ事を恥じたが、彼は笑って許してくれるだろうか。
次に会った時、呼んでみよう。
そうして彼が了承した後、自分の事も、あの時と同じように呼んでもらおう。
そう、思った。