小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

鋼鉄少女隊  完結

INDEX|21ページ/91ページ|

次のページ前のページ
 

第七章 十期紹介



 雪乃は次の日の朝、東京ジュピターホールに出向く。ピュセルのコンサートツアーの千秋楽は三年前まではアリーナで行われていたのだが、今は二千人収容のホールで行われている。
 リハーサルで舞台に上がり、久しぶりギターを弾いた。四月の初めに停学になって、それから次々といろいろな出来事があった。まさかの芸能プロダクションのオーディションを受け、自分の本来の道筋と決めていたガールズバンドに行かず、ダンスボーカルのアイドルグループに入るとは夢にも思っていなかった。
 バンドとアイドルグループの選択、雪乃には迷いは無かった。バンドは四十になったって出来るけど、このグループで歌って踊るのは、今しかできないと判断したのだ。
 インターネットの動画サイトに、ピュセルのコンサート動画が一杯投稿されている。コーサートDVDがまるまる載っているのだ。ピュセルの黄金期のものは少ない。衰退期から現在になってからの動画が多い。コンサートツアーがビデオからDVDへと変遷して行き映像がデジタルデータ化した影響でネットの動画にあがりだしたのだ。
 雪乃はそれを必死で見まくった。毎年次々とメンバーは入れ替わり、コンサート規模は小さくなっていく。初期メンバーが消え失せ、黄金期のメンバーも減っていき、ついには三年前には黄金期のメンバーは彩と明日香のみになり、かってのピュセルを知る人達には面識のないメンバー構成になっていた。
 この頃からマスコミへの露出が減り、一般人からは忘れ去られて行った。でも、雪乃は彩がリーダになってからの、ピュセルのパーフォーマンスに圧倒されていった。
「なに、これ? キレキレじゃない!」
 彩や他のメンバーの動きはリズムに乗り俊敏でダイナミックだった。
「かっこ良すぎるよー」
 そこにあるのは、雪乃の記憶にあるピュセルではなかった。ネットの動画のピュセルコンサートを全て見たあと、雪乃は三年前からのピュセルのコンサートDVDを全部買ってきて、大画面で観まくった。
「すごい! こんなダンスやって全部生歌でやってるよ」
 雪乃は新体操の一分半の演技のきつさを知っているし、ボクシングの選手が一ラウンド三分間動きまくるのはさらにすごいと思っている。でも彼女らは一曲、三から五分を全力で踊り、そのうえちゃんと声を出して歌って、三曲続ける。そうやって、一公演で二十曲あまりやる。間ではPV映像を流したり、ソロや小人数に分散した曲も入れ個々に休憩とったり、静かなバラード調の曲もあるものの、その運動量は半端ではない。それを昼夜二公演やる。三ヶ月で三十六公演くらいこなす。それが、春秋で二回ある。間の夏冬はピュセルプロジェクト合同コンサートがある。
「すごい! 体育会系アイドルだ」
 いや、アイドルとアーティストとの中間、かっこいいダンスナンバーもあれば、コミックソングや、しんみりしたバラードも入る。雪乃はどうしてもっと早く、今のピュセルに気付かなかったのか後悔した。特に、去年の春と秋のコンサートは絶対、生で観てみたかったと思う。それほどにもダンスと歌の完成度が高かった。
 雪乃は自分が既に加入してしまった、アイドルグループなのに、舞台を客席から観たいという願望にとらわれた。

 リハーサルが終わった後、昼公演には出ず、最終公演である夜公演に出るように指示された。彩が優しく言ってくれた。
「舞台の袖から見ててもいいし、楽屋に居てもいいよ。差し入れのお菓子もいっぱい来てるし」
 雪乃は自分の心の中の押さえきれない願望をぶつけてみる。
「私、客席から見てみたいんです。無料なんて虫のいいこと言いません。当日券とかあったら買いたいんですけど」
 彩はきょとんとする。
「え、どうして?」
「私、子供の頃、ピュセルのアリーナやホールでのコンサートとかよく行ってましたけど、今のメンバーのコンサートはDVDでしか見たことありません。今のピュセルってすごくかっこいいです。歌もダンスも歴代最高だと思います。自分がピュセルに入って、舞台に上がって演じる側になったら、こんな迫力あるコンサートを見れないんだと思うと残念です。だから、一度ピュセルを観客席から生で見たいんです」
 彩は微笑んだ。
「じゃあ、ちょっと待ってて、席あるか聞いてくるから」

 彩は十五分くらいして戻ってきて、一枚のチケットを渡してくれた。
「お金とかはいらないよ。それ関係者席だから。 業界関係者や身内を招待する席なの。関係者席の空きは当日券として売られちゃうんだけど、ぎりぎり間に合って押さえてきたわ。そこで見ていなさい。このホールだとサイドにはなるけど、舞台に近くて私達の顔も良く見えるはずよ」
 雪乃は感激する。
「わー! ありがとうございます」
 彩は思い出したように釘を刺す。
「その席ね、左隣はピュセルの卒業生の方が来るからね。大先輩だから失礼のないようにしてね。優しい人だから、そんなに気を使う必要はないけど、挨拶だけはしてね」
「はい。わかりました。でも、どなたが来るんですか?」
「ああ、そうね、ごねんね。あなた知ってるかな……。どんな方か写真、予め見ておく? 二期の中野亜紀さんなんだけど」
「中野さんはよく知ってます。私が小学生の頃、近所の駄菓子屋で中野さんのカードたくさん買いましたから」
「ああ、あなた中野さんのファンだったの?」
 雪乃はばつが悪そうに首を横に振る。
「いえ……。ああいうトレーディングカードって、買ってから開けるまでは中身が誰か判らないないじゃないですか。彩ちゃんのカードが欲しくて、お小遣いで買うんだけど、買っても買っても、何故か中野さんが出てきたんです。だから、中野さんの顔は忘れていません」
 彩は苦笑していた。
「そうなんだ。でも、そんなこと、中野さんに言っちゃ駄目だよ」
「はい、もちろん……。でも、中野さんのカードをお祖父ちゃんのとこに持ってゆくと、全部買い上げてくれたんです。お祖父ちゃんが中野さんのファンだったから」
 彩は感慨深げに呟く。
「そうね。中野さんのいた頃って、ピュセルの黄金期だものね。あの頃は小さな子供からお年寄りにまでファンの層が広がってたものね……。ほんと、今のピュセルって何期なのかしらね? 銀でもないし、銅か……。もう鉄かもしれないね……」
「そんなの違います! 今のピュセルのダンスや歌はほんと歴代の中で最高です」
 彩はそんな自虐的な言葉が気まずかったのか、照れくさそうに笑った。
「ありがと。そうよね、リーダがこんな消極的なこと言ってたら、駄目だよね……。さあ! 元気いっぱいで、昼公演やるからね! ゆっくり見ていて」

 雪乃は開演十分前に関係者席のほうに移動した。左横には既に、二期卒業生の中野亜紀が座っていた。ピュセルでは円満に引退するのを卒業と呼び、なんらかのトラブルで引退を脱退と呼んで区別している。卒業の場合卒業公演というのが行われ、かってはアリーナで大規模にやった。この中野もアリーナでの卒業生だった。解雇以外なら、卒業や脱退でもグリーンプロの別系列会社に移籍して他の仕事が用意されていた。現在、中野は脇役だが、ミュージカルや演劇の舞台でやっている。

 雪乃は中野に挨拶する。
作品名:鋼鉄少女隊  完結 作家名:西表山猫