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お待ちかねの悪意

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彼はいかにして盤上に駒を集めたのか


 人混みを掻き分け、紀田正臣は待ち合わせ場所に急いだ。夕方の駅前は人通りが多く、上背のない正臣には見通しが悪い。周囲をきょろきょろと見回すものの、見知らぬ大人が視界を遮る。西日が眩しく、正臣の視界はさらに不明瞭だった。携帯で連絡を取ろうとするものの、日中ほどではないがまだ明るい。携帯の液晶さえも見辛かった。光を手で遮り、携帯の画面を覗き込む。その時。
「正臣!」
 自分の名を呼ぶ軽やかな声に、正臣は振り返った。人混みの隙間から、目当ての少女が手を振っているのを見つけて、ほっと息を吐く。正臣は少女のもとへ向かいながら、手を振ろうとした。しかし、その隣に佇む男の姿を見つけ、上げかけた手を力無く下ろす。
「やぁ、正臣君」
 そろそろ季節外れに思える、真っ黒なロングコートを纏った男が、正臣に軽く片手を上げた。その様子はごく親しげだったが、正臣は微妙な表情で頭を下げるだけだった。男、折原臨也は、僅かに目を細めて正臣を見つめる。
「久しぶりだねぇ。元気にしてた?」
 臨也は、親愛を滲ませた声で尋ねた。夕焼けに照らされ、臨也の黒い衣服や頭髪が、例えようのない色に染まっている。正臣の目には、それがなんとも不気味に映った。
「……珍しいっすね。最近はついて来ることも無かったのに」
 正臣は、僅かに不満を滲ませた。棘のある返事だったが、臨也はまるで気にしていないようだった。
「今日は違うよ? 偶然沙樹ちゃんを見かけてさ。ね?」
 臨也が少女、三ヶ島沙樹に目配せすると、沙樹は嬉しそうに頷いた。それはまるで少女同士のようなやり取りだったが、特に違和感を感じさせなかった。臨也が、複雑な表情を浮かべる正臣に視線を戻す。
「今年で三年生だっけ?」
「えぇ、まぁ」
 正臣はおざなりに答える。
「もう受験生だね。高校はどこか決めてるの?」
「いえ、特には……」
 正臣は、最近学校で渡された進路希望用紙の存在を思い出した。白紙のまま、どこにやったのかは覚えていない。
「駄目だよ、ちゃんと考えないと」
 臨也は珍しく、年長者ぶったありきたりな言葉を口にした。
「公立だと文京の方が賢いんだっけ? 私立だと、巣鴨、本郷……はちょっと厳しいかな? そしたら、えっと……」
 正臣は、特に興味も実感も湧かず、臨也の言葉を聞き流していた。勉強が出来ないわけではないが、喧嘩が多いせいで内申はガタガタだ。この一年で巻き返せるとも思えず、心のどこかで諦観していた。
「来良」
 不意に、沙樹が臨也の言葉を繋げた。
「来良? 今賢いの?」
 臨也が不思議そうに首を傾げる。
「賢いっていうか、人気ですよ。通いやすいし、校舎が綺麗だし、服装自由だし。倍率高くなってるから、偏差値も上がってきてるみたいだけど」
「なるほど」
 沙樹の説明を聞いて、臨也は納得したようだった。
「それに、共学ですから」
「あー、なるほど」
 言いながら臨也が正臣に視線を向けた。沙樹も、臨也に倣って正臣を見つめる。
「……何だよ」
 二人の視線に晒されて、正臣は僅かにたじろいだ。
「だって、正臣は男子校なんて絶対嫌でしょ?」
 巣鴨も本郷も男子校だ。得意気に笑う沙樹を見て、正臣は唇を尖らせた。
「そうだけど、それってどうなの? 俺が他の女の子と仲良くしちゃってもいいってこと?」
「別にいいよ。その分私と、もっと仲良くしてくれるんでしょ?」
 照れる素振りも見せず、沙樹は当然のように言い切った。正臣の方が、僅かに頬を染めて視線を逸らす。
「……どんなトンデモ理論だよ」
 正臣が不明瞭な声で呟いた。沙樹が聞き返す。
「え? なあに?」
 正臣は、何でもない、と言葉を濁した。
「さて。お邪魔虫はもう行くよ」
 二人のやり取りを見守っていた臨也が、不意に口を開いた。正臣が見上げると、臨也は悪戯っぽく笑って見せた。
「正臣君、最近色々物騒だから、気をつけてね。沙樹ちゃんをよろしく」
 正臣は、当惑を隠して頷いた。
「沙樹ちゃん、またね」
「はい、また」
 手を振る沙樹に笑みを深めて、臨也は片手を上げて去っていった。正臣は、その後姿を目で追いかける。あっという間に人混みに紛れて、黒いコートは見えなくなった。
「正臣、どうしたの」
 いつまでも臨也の去った方向を見ている正臣を、沙樹が不思議そうな顔で覗き込んだ。正臣ははっとして視線を戻した。
「いや、なんていうか……あの人、あんな感じだったっけ? なんか……」
 正臣が言い淀む。沙樹は、首を傾げて言葉の続きを待った。
「なんか、普通の人みたいだった」
 正臣は、迷いながらも口にした。
「そうかなぁ?」
 沙樹が不思議そうに呟いた。二人して、臨也の去っていった方向に視線を向ける。
「そうだよ。それに、正臣君正臣君って、前は紀田君って呼んでたのにさ」
 名前で呼ばれて面食らったのを思い出し、正臣は複雑な表情を受かべる。
「私が正臣正臣って言うから、移っちゃったんじゃない?」
「いや、長いだろ。正臣君って」
 正臣が釈然としない口振りで言うと、沙樹は、じっと正臣を見つめた。無言で見つめられた正臣が、何か言おうと唇をすり合わせる。正臣が口を開く前に、沙樹が唐突に声を上げた。
「紀田!」
「ハイ!…………え?」
 正臣がぽかんと沙樹を見つめる。
「あれ? 違うの?」
 沙樹が、不思議そうに瞬いた。正臣は、脳内で沙樹の言動を整理した。
「……沙樹はいいの。正臣で」
「そう?」
「そう」
 正臣は大仰に頷いて見せながら、女の子はどうして突飛な言動をするのか、真剣に考察する。
「うん。私もその方がいいな。なんか今、先生みたいじゃなかった?」
「思った。うちの音楽の先生にそっくり」
 軽妙な会話を続けながら、二人はようやく待ち合わせ場所を後にした。正臣の感じた違和感は、既に意識の隅に追いやられていた。
 夕日は名残を残すのみで、夜の帳は、もうすぐそこまで迫っていた。



作品名:お待ちかねの悪意 作家名:窓子