SNOW - side A -
灰色の空からは音もなく、美しくも儚い結晶が降り続ける。
六花と呼ばれる冬の冷たい花は、全てを覆い尽くすかのように降り続ける。
冬が来るたび、雪が降るたび思っていた。
このままもっと雪が振り続ければいいと。
止むことなく。
全てを覆い尽くすまで。
そう。全て覆い尽くされてしまえばいい。
草木も、街も、人さえも。全て。
その純白で全てを包み込んで、消えてしまえばいい。
そうすればもう、傷つくことも、悲しむこともない。
雪が全てを、自分ごと全て消してしまえばいいと思う。
「浅葱」
自分を呼ぶ声に振り返る。
ずっとそう考えていた。彼に出逢うまで。
「何してんだよ。風邪引くぞ」
暖かなマフラーが首に巻かれる。
自分を包むぬくもりがとても心地よい。
初めて自分に温もりをくれた人。
ずっと望んでいたものを与えてくれた、優しい人。
その人が自分に笑いかける。
「ほら、行くぞ」
そう言って暖かい手が差し出される。
「…恥ずかしい奴」
未だに慣れない扱いに、思わず口がついて出る。
微かに相手がムッとしたように眉をひそめる。
相手を不快にするとわかっていても、想いは素直に言葉にならない。
「行くぞ」
さっきの言葉をごまかすように短く言って、彼の横を通り抜ける。
彼はただ一つため息をついて、自分の横に並んで歩き出す。
いつもよりも少し近い位置で。
少し躊躇いながら彼の手を握ってみる。
彼の手は暖かく、優しかった。
ちらりと顔を見てみると、いつもの温かい笑顔で自分を見ていた。
「寒いだけだ」
「わかってるよ」
言い訳をするように呟くと、少しだけ笑みの含んだ嬉しそうな声が返ってくる。
雪が降り続ければいいと思う。
全てが消えてしまえばいいとはもう思わないけれど、それでもこの雪が降り続ければいいと思う。
そうすればこの言い訳が続くから。
なかなか素直にはなれないけれど、雪の冷たさを理由にして少しだけ素直になるから。
だからもっと、雪が降り続けばいいと思う。
作品名:SNOW - side A - 作家名:夢宮架音