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「A pillow space」

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 勤務交代時の出来事だった。太田さんと美和さんが退勤組で、私と森田さんが出勤組だった。私は喫煙所で、大田君からその報告を受けた。
「おれたち付き合い始めました」
 なぜか、私は彼が話を切り出しかけたときに、その事実に気づいた。
「あれ、あんまびっくりしてないね」
 彼が煙を吹き付けたドアの外側、外階段では、森田さんが美和さんから報告を受けている最中だった。計画された報告だった。なんと、わたしと森田さんがカラオケでハモりを練習している頃には、2人は“しちゃって”いた。彼は、聞いていないのに、いきさつを説明した。
 喫煙所から戻ってきた森田さんが「おめでとう」と太田君に笑顔を向けた。
 ばつの悪そうな美和さんに「おめでとう」と私は心からの祝福をのべ、三人に言った。
「しばらく四人で会わない」
「ええ、なんでよ」
 太田君が声を上げた。
「不意打ちに対する仕返し」
 と私は言った。
「えー」と美和さんが言った。苦笑していた。その反応に私は少し安心した。
 彼らからすれば礼儀を込めた、形式的な報告だった。しかし私と森田さんからすれば、仲間はずれにされたような、不意打ちだった。
 つまり、精一杯の礼儀を受け止めるための、仕返しだった。そうして私は、彼らとフェアでいられる。そんな気持ちを持っていた。
 私はそれを、森田さんに説明した。
 森田さんは、私の家にいた。私たち2人は退勤後、どちらから誘うわけでもなく、私の部屋に行った。楽しむ話題も、見る映画もなかった。
  気づくと、隣り合ってベッドに座り、同じ側の壁を眺めなていた。
「なんか、君としようと思ったんだ」
 と私は気持ちをそのまま口にした。
「わたしは、するつもりで来たよ」
 と彼女が返答した。
 それは厳粛な話し合いだった。
 4時間かけて、私たちは「2人でSEXをすること」について考えることや意図や取り決めを伝え合った。ルールを一言で述べれば、セックスをしたあと、お互い、いま以上を求め合わない。
 それはたぶん、セックスから過去を未来を切り離す枠組み造りだった。僕ら2人にとってのセックスは、過去や未来へと飛び火する非一時的な行為だということだ。いまに閉じ込めておかなければ、不安や動揺に結びつき、喪失を生み出してしまう。好意的に捉えれば、僕らはそのとき、一緒にセックスをすることを、それだけ必要としていた。
 とにかく、私と彼女はした。
 思ったよりも彼女は恥ずかしがり、予想していたよりも私は熱っぽくなった。お互い、取り決めのときの冷静さは、ベッドの下に畳んで置かれていた。しかし総じて言えば、とても素敵なセックスだった。世界の外側にいて、ひそやかな営みだった。
 ことが終わったあと、いわゆる湿っぽさはなかった。どちらかと言えば、彼女がカラッとした軽口の感想や雑談を持ち出し、僕らは笑い合った。彼女が先に寝た。
 そして私は異変に気づいた。
 目が覚めてしまい、私はゆっくりベッドから抜け出して、カウンターテーブルに向かった。銀色の反射光を放つそれはハサミだった。児童が使うような、刃先の丸いハサミだ。持ち手が黄色のプラスチックで、柔らかい。
 ハサミは留められたように、宙にあった。それは見ている人にちぐはぐな感想を与えた。私立中学の卒業式を思い出した。300人のブレザーの列の中に、小奇麗な私服で参加している一人を見てしまった私。彼の表情と姿勢は真っ当に真面目なのに、私はその景色に、彼の社会における無知と無能さを見つけている。
 指先で押すと、弾性のある抵抗があった。片手で引っ張ると、より強い弾力があった。手を離すと、引き戻り、元の位置で止まった。誰かの勘違いか意図なのか、それは重力の支配の死角にあった。
 ハサミの刃には、「きど みのる」と手書きのシールが貼られていた。昔の恋人からもらったハサミだ。前の職場、文房具屋に就職したときにプレゼントされた。
 なぜだろう。
 様々な疑問から、私は周囲を見回した。
 すると、チェアの上の宙で、ゾウの置物が浮いていた。親指大の石の置物だった。それはチェアに置かれた彼女の鞄の中から浮いたようだった。アロマポットの朦朧とした明かりが、眠る彼女と立ち尽くす僕と、その周囲で浮く二つの物体の全体像に、片方向から光を与えていた。その図は、僕に、不完全な天体を思わせた。私は彼女を起こそうとはせず、ゆっくりと体を回し、その世界が与えようとしているものと、足りないものを思った。
作品名:「A pillow space」 作家名:takeoka